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飴玉みたいに甘い恋⑤

 柏木と社員食堂で昼食を食べている時。ラーメンをすすっている俺の顔を柏木が覗き込んできた。 「水瀬、もしかして成宮先生とエッチした?」 「ブハッ! ゴホッゴホッ!」 「わ、大丈夫か!」  柏木の問いかけに動揺した俺は、ラーメンを吹き出してしまった。 「な、なんでそんなこと突然聞くんだよ!?」  目を見開きながら柏木を見つめた。  柏木には成宮先生と付き合ってることは報告したけど、まさかいちいち、キスしましたよ、とかエッチしましたよ……なんて報告するわけなんかないから。  なんでバレたんだろって心底焦ってしまう。  成宮先生が柏木にそんな話するわけないし。 「あ、自覚ないの?」 「な、なんのだよ?」  恥ずかしくて仕方ないから、つい唇を尖らせて俯いてしまう。顔から火が出そうで、柏木の顔を直視できない。 「水瀬、最近色っぽくなったぜ?」 「はぁ!?」  つい、すっとんきょうな声を上げてしまった。 「最近、意味もわからない色気が出てきたし、可愛いくなってきたから、絶対成宮先生としてんだろうな……思ってたんだ」 「マ、マジか……」 「マジだ」  猫は愛しい男に抱かれることで、色気を獲得したのだろうか。  ただ恥ずかしくて、顔がポッポッと火照っているのがわかる。それを見た柏木が、「本当にわかりやすいな」って笑った。 「水瀬は、猫なんだな?」 「なんで俺が猫だってわかるんだよ?」 「だってさ。こんなに可愛い水瀬なら、俺だってどんな抱き心地なんかな、って興味あるもん」 「か、からかうなよ!」 「なんで? 誉めてんのに!」  ケラケラと柏木が笑うから、全身の血が沸騰するくらい恥ずかしくて……膝の上でギュッと拳を握りしめた。 「水瀬はさ、男だけど男を惹き付けるエロさがあるんだよなぁ。色っぽいって言うか、可愛いって言うか……変なセックスアピールがあるから、一緒にいてドキドキするときがあるんだよね」    もう、他人事だと思って好き勝手言いやがって。 「けど水瀬は、猫としての天性の才能があるよ」  柏木がなぜか自信に満ちた顔をする。 「な、なんでだよ?」 「だってこんなに可愛いし、体も柔らかいし。こうやって照れてる姿なんて女の子みたいだぜ」 「やっ、やめ……ぃ……」  あまりの恥ずかしさに顔を覆えば、 「こんなに可愛い葵を好きにできるなんて、本当に成宮先生は幸せ者だな」 「そ、そうかな?」  つい柏木の言葉に食いついてしまう。もしそれが本当なら、俺だって嬉しい。 「そうだよ。成宮先生が羨ましい」 そう言いながら柏木が照れ臭そうにはにかんだ。  生まれながらに猫の才能を持ち合わせた俺。  もしかしたら成宮先生に抱かれる為に生まれてきたのかな……って思う。  もしそうなら、どんなに幸せだろうか。  ねぇ、成宮先生。  けど不安になるんだ。猫としては。  もしだよ、もし……成宮先生と別れた場合、俺はまた普通に女の子と付き合えるんだろうか?  後ろに受け入れる悦びを知って、今では後ろでないと満足できない自分がいる。この先、男としか付き合っていけないんじゃないかって不安で不安で仕方ない。  一度猫に成り下がった男は、人間の男には戻れないんだろうか。 「くッッ!!」  俺の中で果て、崩れ落ちてくる体を受け止める。 「葵、気持ち良かった。大好きだ」  子供みたいにはにかむ成宮先生が可愛くて、愛しくて仕方ない。力一杯抱き締めて囁く。 「俺も大好きです」  お互いにありがとう……のキスを交わせば、柔らかくて甘くてとろけてしまいそうだった。  猫の葛藤はまだまだ続く。  成宮先生に抱かれたことで、猫に成り下がったことで、男として失くしたものはたくさんある。そもそもプライドなんか当の昔に捨ててしまった。  けど、どちらかが猫に成り下がらなければ、俺達は愛し合うことなんかできなかった。  いつもみたいに膝を抱えて、体を縮こませる。目を閉じればリアルに思い起こされる自分達の情事。  甘い甘い自分の声。  卑猥な水音。  飽きることなく重ね合わせる唇。  強く抱き合いながら結ばれる瞬間。  ニャアン。  猫の鳴き声がしたような気がして目を開く。 「あっ、わり。起こしちまったか?」  優しく微笑む成宮先生がすぐ隣にいたから、嬉しくてつい抱きついてしまう。 「千歳さん。おかえりなさい」  喉を鳴らして甘えるのも、もうお手の物だ。  柏木が言う色気とやらが俺にあるんだとしたら。俺はそれを使ってあなたを誘惑したいんだ。 「ねぇ……抱いてほしい」  甘く甘く囁けば、あなたは俺の虜になってくれますか? 「葵、なんでそんなに可愛いんだよ。すげぇ好きだ」  猫に成り下がった男は、たくさんの物を失った代わりに、男を悦ばせるたくさんの技を修得した。  そしていつの間にか立場は形勢逆転して……猫が優位に立つなんて、あなたは知らないでしょう? 「葵。バレンタインのお返しのお菓子あげる」 「わぁ、嬉しいなぁ。ありがとうございます」  あなたの可愛い可愛い猫は、今日もお前の腕の中でゴロゴロ喉を鳴らすから。  だから、だから……ずっとずっと可愛がって欲しいんです。  甘い甘い、ホワイトデーの飴みたいな、葵と成宮先生のお話でした。 【飴玉みたいに甘い恋 END】

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