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2-8
『ねぇ、あかとくん。なにしているの』
『ミニカーをはしらせてるの』
『ぼくもいっしょに、はしらせていい?』
『う、·····う、んと·····』
リビングへと一緒にやって来た二人は、朱音がさっき遊んでいた場所へと行くと、一人でさっさと遊び始める朱音に紫音もすぐそばに座り、不思議そうに見つめていた。
さっきは思わず頷いてしまったけど、改めて言われて、口ごもってしまった。
自分の大事な物を盗られてしまったら、壊されてしまったらどうしようと。
床で走らせていたミニカーを見つめたまま黙っていると、「どうしたの?」と心配そうな声で言われた。
『やっぱり、いっしょにあそぶの、いやだった?』
『·····あ、えと·····』
『だったら、いいよ。ぼく、ちがうことをしてるから。ひとりであそんでいいよ』
『ち、ちが·····』
立ち上がった紫音は、朱音から離れていく。
その後を気づけば追いかけ、自分より少し大きな手を掴んだ。
『·····え、なに?』
自分より背の大きい紫音が後ろを振り返り、まん丸になった目を向けていた。
手を見つめたままの朱音は、さらにぎゅっと掴んだ。
『·····いか、ないで』
『ぼくもいっしょにあそんでいいの?』
しゃがんだ紫音が朱音の顔を覗き込んだ気配を感じながら、泣きそうな顔をして、頷いた。
それを見た紫音は、小さく笑って、『よかった』と安堵の息を吐いた。
その声につられて見上げると、さっき見た笑った顔の紫音がそこにいた。
『ぼく、あかとくんにきらわれちゃったのかとおもった。よかった』
『あ、ぼく、きらってない。ミニカー、こわされちゃったら、いやだなって·····』
『こわす? ぼくが?』
『·····うん』
自身に指を差し、きょとんとした顔をする紫音に頷くと、笑みを深めた。
『しないよ。だって、あかとくんのだいじなものなんだもん。たいせつにするよ』
『ほんと?』
『うん、ほんとう』
『ぜったいのぜったい?』
『うん。ぜったいのぜったい』
そこでようやっと目を輝かせた朱音は、『じゃ、あそぼ!』とぐいぐい引っ張って、紫音と共に元来た場所へと戻った。
『はい、これ』
乱雑に並べてあったミニカーの一台を紫音に渡すと、『ありがとう』と言って床に滑らせようとすると、また朱音が『ぜったいにこわさないでね!』と念押しするのを、苦笑気味に『うん、わかってるよ』と言って、やっと滑らせた。
そのうち朱音も一緒になって、滑らせて遊び始めた。
『ね、なまえ、なんていうの』
ただ走らせてしばらくした後、不意に朱音はそう訊ねた。
紫音は一瞬きょとんとするものの、小さく笑った。
『しおんっていうの。にいくらしおん』
『し、お·····ん·····?』
『そう。しおん』
『しおん·····!』
目をキラキラさせ、不意に立ち上がり、『しおん』と何度も何度も飛んだり跳ねたりしながら、言っていた。
突然のことに呆気に取られていた紫音であったが、堪えきれず大笑いをした。
それに駆けつけてきたらしい、二人の母がほぼ同時に、『どうしたのっ!』と叫ぶ。
朱音も驚いて、立ち止まった。
それらを特に気にしてない様子の紫音は、少し落ち着かせた後、『たいしたことじゃないよ』と笑いながら言った。
『あまりにも、あかとくんがかわいくて』
『?』
『あら、そう』
『そうなのね』
朱音は首を傾げ、二人の母は微笑んでいた。
そんな中、紫音は涙を拭いて、立ち上がり、朱音の前に立った。
『よろしくね、あかとくん』
『·····! うんっ! しおんくん!』
そう言って、二人は笑い合ったのであった。
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