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顔を上げた先にいた紫音が、朱音に聞こえないぐらいの声量で言ったことに対して、間抜けな顔をしていると、「で、どこだ」と少々苛立ち気味で言ったのを、慌ててカバンから教科書とノートを取り出し、「こ、ここっす!」と指した。 「ああ、なんだ。ここか。ここはな──」 すらすらと説明し始める紫音の横顔に、この感じ懐かしいと意識を遠くの方へ追いやった。 あの頃、紫音は塾に通っていたらしく、その宿題をリビングでしたところを、朱音は覗き込んでいた。 『なにしているの?』 『じゅくのしゅくだいをしているの』 『しゅくだい?』 『そう。これをやっておくとね、がっこうがのべんきょうがたのしくなるんだよ』 『へぇ〜! ぼくもいっしょにやりたい!』 『え、あかとくんにはまだ·····』 『ぼくは、これ!』 じゃじゃーん! と言いながら持っていたらしい本を紫音に掲げて見せた。 それは、幼稚園から高校生までと幅広く行なっている通信教育の教材だった。 『まえにね、しおんくんがやっていることをやりたいっていったら、おかーさんがこれをわたしてくれた!』 『そういうこと·····』 『だから、ぼくはこれをやる!』 そう言って隣に並んで、意気揚々と一緒にやり始めた。 最初のうちはやり始めたものだったが、紫音がいなくなった後、急にやる気が失せて、そのうち辞めたものであったが。 「──朝田」 「はいっ!」 「全く話を聞いていないようだったが、勉強する気あるのか?」 「あります! ありますとも!」 「だったら、ちゃんと聞け」 「はいっ!」 刺々しい言い方に、背筋を伸ばし、全力で昔のことを思い出していたわけではありませんよ、聞こうとしてましたという態度を見せつけ、今度こそはちゃんと聞こうと努力した。 『朝田』という呼び方に、少しばかり胸を痛めたことを気づかないフリをして。 いつ、昔のように『朱音』と優しい声で呼んでくれるだろうか。 すると、無意識のうちにため息を吐いてしまったらしい、説明する声が、手が止まったことにより、はっと、口を塞いだ。 「·····俺の説明では、面白くないようだ」 「·····あ、いや、そうじゃなく·····!」 ヴァイオリンの入った楽器ケースを持ち、立ち去ろうとする紫音に、「待って!」とすらりとした足にしがみついた。 「違う! 違うんですぅ! 待って!」 「··········さっきから全然集中してねーじゃないか。これじゃあ、俺の方が時間の無駄だ」 「ごめんなさいっ! 今度こそ、今度こそは、きちんと話を聞くので!」 「··········お前はそうやって、いつも話を聞いてなかった」 「·····はい?」 「··········いや」

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