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騒いでいる間に呟かれた言葉に、また聞き取れなかったと思っていると、「今度で最後だからな」と座った。
そのことに驚きと嬉しさを混じえた声で返事をすると、淡々と説明する紫音の声を一生懸命聞こうとしていた。
「しおんにぃ··········紫音って、昔から説明するの上手かったよね」
「·····知らねー。忘れた」
「優しい声に、俺、今思えばうっとりしていたのかも。子守唄みたいな。聞いていて安心する·····」
「··········」
「紫音ってさ、こんなにも頭がいいのなら、当たり前に大学に行くんでしょ? どこに行くの? 三年だから進路考えとなのに、俺の勉強手伝って──」
「──行かない」
グシャッと教科書の紙が破れそうに丸められた。
丸められたことも気になったが、紫音の発言に驚いた。
「行かない·····って?」
「頭がいいと言っても、行かないこともあるだろう。·····行く意味が無ければ」
今度こそ言葉は拾えたが、その声がどこか震えているように聞こえた。
それが何なのか、何か言おうにも言えない朱音に、「·····今日はここまでだ」と言い残し、小さな声で朱音が何か言っても、振り返ることもせず、楽器ケースを持って、屋上を立ち去った。
その姿が見えなくなるまで朱音は見続けていたが、はっと我に返り、紫音の言葉を繰り返し頭の中で呟く。
行かないって。行く意味がないって。どういう意味?
紫音は、何をしてもそつなくこなせる、尊敬できる人物だった。昔からそうなのであるから、今も変わらずに何でも出来る人であるはず。
きっと、今でも特にヴァイオリンが上手いのだから、音楽関係の大学を当たり前のように行くのかと思っていたのだが。
行く意味が無いのは、何をしても興味がさほどなく、勉強も出来るわけでもない、朱音の方だと思っていたのだが。
──行かない。
「行かないって、どういうことだよ、しおんにぃ·····」
朱音が呟いた言葉は、一瞬強く吹いた風と共に、昼と夜が入り混じる空へと消え去った。
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