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昨日の紫音の発言が気になり、気まずさを覚えたものの、紫音に会いたいと思う気持ちが強く表れ、その勢いのまま屋上へと行った。
「しおんにぃ·····」
姿を見かけた途端、嬉しさが勝り思わず、しかも昔の呼び方で呼ぼうとしたのを慌てて止めた。
ヴァイオリンを弾いている最中に声を掛けると怒られるからだ。
そっと扉を閉め、弾き終わるまで待った。
いつものようなゆったりと、しかし、どこか物悲しい旋律ではなく、いつぞやかの音楽室で聞いた、激しい旋律に似た旋律であった。
ヴァイオリンを見る目も怒っているようにも見え、一体どうしたのだろうと首を傾げた。
あ、昨日の俺の発言のせい!?
そうであれば、地面と一体化するぐらいに謝らないと思い、今すぐにでも行動しようとする衝動を必死に抑え、待っていた。
「··········あか──」
「ごめんっ! しおんにぃ! 昨日の俺のあの発言のせいでそんな演奏をしているんだろう!? 本当にごめん!! もう、余計なことを言わないように口を塞いでおくから、許してー!」
紫音に泣きつく形となり、「ごめんなさいっ」と何度も謝った。
その様子に噤む形となった紫音であったが、深い深いため息を吐いたことにより、朱音はビクついた。
ああ、これ、相当怒っているな。
手を緩め、目を閉じ、覚悟を決めた。
「──許しても何も、俺は別に怒ってもないが?」
自分の耳を疑った。
昨日のこと、何とも思ってないって?
「だって、いつもと違う曲を弾いていたからそうなのかと·····」
「曲? ああ。·····あれは、別に··········いつもと変えただけだ」
「ふうん·····?」
「分かったのなら、俺から離れてくれないか?」
「あ、ごめん」
ばっ、と離れた朱音に、「あと、紫音と呼べ」と言われたことにより、また無意識に『しおんにぃ』と呼んでいたことに気づかされ、分かったと強く首を縦に振った。
「で。今日も教わりに来たのか?」
「あ! うん、そう!」
ヴァイオリンを仕舞いながら言う紫音に、そそくさとカバンから教えてもらいたい教科を取り出して、「ここ!」と開き、見せた。
楽器ケースに閉まった紫音は、朱音から教科書を受け取ると、「ここか」と言って、説明し始めた。
やっぱり会いに行って良かった。
丁寧に説明する紫音の横顔を見ながら、ふと笑っていると、気配で感じたのか、「·····話、聞いているのか」と横目で見られた。
「あ、うん! 聞いている! 聞いているよ!」
「·····なら、いいが」
そうしてまた説明する紫音の声を聞きながら、気づかれないようにノートに書くフリをして、頬を緩ませながらじっくりと、声を聞くのであった。
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