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「・・・・・今日も来たのか。そんなにも暇なのか」
「暇っていうよりも、紫音に会いたいからって理由じゃダメか?」
サラっと紫音にそう言うと、しまう手が止まった。
どうしたものか、と覗き込もうとした時、「・・・・・来ても面白くないだろ」とボソッと言い、再び手を動かし始めた。
今のは何だったのだろう。
首を傾げながらも、「そんなことはない」と返した。
「それよりも! 今日、テストが返されたんだけど、全て赤点じゃなかったんだ!」
カバンから全教科の解答用紙をその背に見せつける。
と、しまい終えたらしい紫音が、やっとこちらに、一瞥だけした。
「・・・・・良かったな」
「これも全て、しおんにぃのおかげだ! 本当にありがとう!」
少しだけ顔を向けた紫音に満面の笑みでお礼を言った。
すると、目が見開いたかのように見えた。
しかし、驚きで瞬きをしてしまった間に、顔を逸らしてしまった。
「・・・・・しおんにぃ、じゃないだろ」
「・・・・・え、あっ! またそう呼んでた!? ついつい、呼んでしまうなぁ・・・・・」
はは・・・・・と力のない笑い方をして、頬を掻く。
また怒らせてしまったかなと、緊張した面持ちで相手の様子を伺っていると、「・・・・・どうでもいいが」と独り言にも似た言い方をした。
とりあえず怒ってない様子に安堵した朱音は、解答用紙をカバンに戻し、何となくその場に座った。
「まだ、何か用があるのか」
「あ、いやっ! え・・・・・まあ・・・・・」
視線を忙しなくさ迷わせたのち、意を決した口を開く。
「あのさ、昔、紫音の真似をして、幼稚園生用の通信教育をやってたの、覚えてる? それのひらがな書く練習で、一文字書いたごとに紫音に見せてさ、上手に書けたねって、頭を撫でられるのがめちゃくちゃ嬉しくってさ! こないだ教えてもらった時に、その事を思い出して、あの頃の嬉しい気持ちが出てきたんだ。その頃の楽しいっていう気持ちがずっと続いてりゃ、今頃、しおんにぃに教えて貰うことはなかったんだけど。あ、けど! それはそれで、俺は嬉しい」
あの頃のことを思い出せば出すほど、いつものように話す口が止まらない。だが、嬉しくてたまらなくて、制止されてないことをいいことにどんどん話してしまう。
そうして、自分で言っていて、そうだったと思った。褒められて嬉しいと思ったことがあったのだ。その気持ちがずっとあれば、勉強に少しでも興味は持てたのになとも。
そうならなかったのは、紫音が朱音の前からいなくなってしまったからで。
あー、このことも結局しおんにぃに関係あんのな、と小さく笑っていた。
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