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「⋯⋯んがっ」
自身の鼻息で驚き、目を開いた。
知らぬ間に寝ていていた上に机に突っ伏した姿でいたものだから、凝り固まった体を伸ばして解す。
そうしたのち、頬杖をついてすぐに欠伸をし、ぼうっと黒板を見つめていた。
自分以外誰もいない教室。外が雨が降っているせいで暗く、蛍光灯がやたら明るく感じ、眩しさを覚えた。
ザーザーという雨音を聞きながら、少しずつその明るさが慣れた頃、いきなり、黄色いカッパを着た子供の姿が頭に過ぎった。
「何か、夢を見た気がする」
椅子に全体重を預け、揺らしながら、眠たい頭で記憶を掘り起こす。
それは、今よりずっと目線が低い視点で、雨の中、ひたすらに水溜まりに入って遊んでいた夢。
何が楽しかったんだろうなと思いつつ、そういえば、そんな自分に注意する人物もいたことも思い出す。
親、ではなそうだった。それよりももっと身近にいた──。
「おっす〜。朱音、⋯⋯って、何してんの?」
「いや、ちょっと、見た夢を思い出していてな⋯⋯」
「夢? なんかエロいもんでも見たか?」
「なんでお前は、そういう方向にいくんだよ」
ガタン、と浮かせていた椅子の脚を床に下ろしたと共に、教室にやって来た大野に怒りを滲ませた声で言う。
「常日頃、考えているとな、出てくるんだよ。俺の大好きな松本蜜華ちゃんがさ!」
「⋯⋯クッソ、どーでもいいわ」
『クッソ』を強調しながら言うと、「今は一旦、この話は置いといてやろう」と尊大な言い方をし、朱音の前の席に座った。
「それよりも、いいわけ?」
「は? 何が?」
「何がって、まだ寝ぼけているのかよ」
「だから、なんだよ」
「これだよ、こーれ」
大野が朱音の机を指でとんとんとする。
その音が紙の材質のようで、それが返って首を捻らせることとなりながらも、その指先を辿っていく。
「⋯⋯あ」
大野の指を差していた先、それは日誌であった。
それで朱音は全てを思い出した。
今日は日直で、日誌を書かねばならなかったのだが、梅雨の時期に入り、連日の蒸し暑さのせいでなかなか寝れなく、今日も授業中にも限らず船を漕ぐことが多く、結果、まっさらな日誌になっていた。
SHRが終わる直後、あの先生に「終わるまで帰らないでくださいね」と釘を刺される始末。
だから、仕方なしに放課後残って、書き終わらせようと思っていたが、寝てしまっていたらしい。
早く帰って、一秒でも長く寝ようと思っていた計画が台無しになる。
この連日の雨で放課後の屋上に紫音はいないのだから、いつまでも学校に残っていても仕方ないからでもあって。
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