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「にしても、日誌がお前のヨダレでビチョビチョになっているじゃん」
「え? あっ!」
指摘されて初めて気づいた。
下半分が、しかもその下数枚も濡らしてしまっていたことに、慌てふためいて、カバンからタオルを取り出し拭き始める。
雨で絶対に濡れるのだから、持っていけと言われて仕方なしに持たされたタオルが、ここで役に立つとは。
「きったねー! お前、どんだけ爆睡してたんだよ!」
「うっせー! 毎日蒸し暑くて寝れねーんだよ!」
「机にも水溜まりみたく垂れているし! きったな!」
机にまで侵食していたヨダレを拭こうとしていた手が止まった。
「なぁ、わざと水溜まりに入って、バシャバシャするのって、楽しいか?」
「バシャバシャ? あぁ、ガキの頃よくやってたぜ。兄貴とどっちが高く水しぶきを上げられるか勝負して、濡れるのを気にせずやってたもんだから、全身びっちょびちょでさ。親にめっちゃくちゃ怒られたな」
「それはヤバい」
教室中に響かんばかりに大笑いする大野に、率直な感想を述べた。
「てか、なんでそんな話を?」
「いや、まあ、夢で今よりだいぶちっさい頃に、わざと水溜まりに入って遊んでいるのを見たから、楽しいのかなーと思って」
「そんぐらいの時って、なんでも楽しいと思うから、理由がなくても楽しいんじゃね?」
「あー、なーるー」
適当な返事をしながらも、ああやって注意してきたのは、自分と同じぐらいの時にそうやって怒られたから、しないようにと、釘を刺してきたのだろうか。
朱音にとっては、親に怒られても平気だと思っている節があるので、さほど気にはしてないのだが。
「にしても、ガキの頃の夢を見るだなんて、そんなにも紫音先輩のこと好きなわけ?」
「まあ、好きだったな。あの時は」
「あの時は? 今は違うのかよ」
「んー・・・・・・・・・・」
腕を組み、深く、これでもかと深く考え込む。
昔の何にも知らずにいたのであれば、素直に好きだと言える。しかし、今の、体ごと背けて素っ気ない返事をする様を見ると、嫌われているのではと思い、はっきりと好きとは言えない。
だがしかし。こうとも考えられる。
何故、そんな態度までしているのに、朱音を鼻っから邪険にはせず、そばにいることを許しているのだろう。何故、朱音が分かるまで勉強を教えてくれるのだろう。
いや、そんなの分かりきっているではないか。
根本的な、優しい性格は変わらないと。
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