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バカ。 朱音の頭の中でその二文字が反芻した。 瞬間、怒りが頂点に達する。 「バカとはなんじゃッ! ボケェ!」 「そのぐらいのことも思いつかないのは、バカだろっ」 「はぁ? 中間テストで俺よりも点数取れなかったやつに言われたかねーよ! バカァ!」 「それと引き合いに出すんじゃねーよ、バカ!」 「バカバカ言うんじゃねー! バーカー!」 「コラっ! いつまで残っているんだ! 早く帰れ!」 語尾が「バカ」かと思うぐらいに言いまくっていた二人の間に、騒いでいたことに気づいた先生に怒鳴られ、途端、噤み、「日誌を書いているんですー」「俺は朝田君がちゃんと書いているか、見張ってます〜」と無理な言い訳をしてみせた。 「そんなの、授業の合間の休み時間に書けば良かっただろ。早く書いて、帰れ」 「「はーい」」 気のない返事をしたのを見送った先生は、不機嫌そうな足音を立てて、去っていった。 音が聞こえなくなるまで静かにしていた二人であったが、消えなくなった途端、朱音が吹き出した。 「さっきのお前の言い方は反則だろ」 「バカバカ言うんじゃねー、バーカーのやつ?」 「そうそう。バカとしか言えてねーじゃん。反論出来てないわ」 「……ぷっ、たしかに。振り返ってみれば、意味分かんないこと言ってんじゃん」 しきりに笑いあった後、「さてと」と、大野は勢いつけて立ち上がり、伸ばしながら歩く。 「さっさと、日誌を書いて帰ろうぜ。さっきよりも雨が降っているみたいだし」 窓側に行った大野の方を見やると、さっきよりどことなく暗くなり、音も激しくなってきたような気がする。 「わーった。書くわ」 そう言いながら、途中まで書いた日誌を見る。 四時限目を書こうとしている最中だったかと思い、書き始める。 五時限目はあの先生だから、あの授業だったか、昼飯食った後はキツいんだよな。絶対に寝る自信しかない。六時限目はあれで、最後の最後に寝る前の読み聞かせでもしているんじゃないかと思うぐらい、ゆっくりとした口調のせいで、二度目の居眠りを決めてしまうんだよな・・・・・──。 そんなことを心の中でぼやきながら書き進めると、「あ、やべ」と声に出していた。 「どうした?」 「いや、ヨダレのせいで今日一日を振り返ってが書けないなって」 「書けねーのは仕方ないんじゃね? とりま、それで出してみろよ。あの先生ならば、許してくれるだろうし、新しいのにしてくれるんじゃね?」 「そうか。じゃあ、出来たわ。サンキューバカ大野」 「バカはお前だろ、バカ朱音」 「さっきみたいに朝田君って言わないんでちゅか〜?」 「きしょ。そんなやつは置いていくわ」 言いながら戻ってきた大野は自分の席に掛けていた荷物を肩に掛けると、その宣言通りに教室から去ろうとする。 「あ、おい。待てよ〜!」 適当にカバンに詰め込むと、日誌を片手に足早と職員室に日誌を届け、その際に、「ありゃまぁ〜、よーく寝ていたのですね。替えておきましょう」と言ったのを最後までは聞かず、その足で大野元へと駆け寄った。

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