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「お? 早いじゃん。さすが遅くも早くもない足の速さ」 「いや、それ、何にも褒めてないじゃん」 「分かっているじゃん。かしこくなったじゃん。ちょいバカに昇格してやるぞ」 「なんだしそれ。てか、まだそれを引きずっているのかよ」 四階から三階に降りた頃、しょうもないという顔をすると、笑っていた。 大野のその表情から目を逸らした時、不意に踊り場の窓を見た。 「いや、それにしてもめちゃくちゃ降ってね?」 「こんな状態で帰るの、面倒くさ過ぎるんだけど。てか、こんな時間まで残ったの、誰のせいだし」 「俺のせいじゃないからな。話しかけられていなければ、あんなのさっさと書いて終わってたわ」 「授業の合間の休み時間に書けば良かっただろ〜」 「あ? さっきの林センセーの真似かよ。似てな」 「似てるだろ。いかにも生徒のことをバカにしている感じが」 「バカやし」 「名前のセンス」 笑い声が廊下に響き、それさえもおかしく、さらに大きく笑いながら、昇降口へと行き、零れそうになった涙を拭いながら、下駄箱から上履きから靴を入れ替え、履き替える。 下駄箱の横に置かれた傘立てから傘を引き抜いた時、視界の横で大野が座り込んで何かをしているのか気になり、声を掛けた。 「何してんの?」 「ズボンの裾を捲っているんだよ。これで少しは濡れないからな」 「それいいアイディアだな! パクらせてもらうわ」 そそくさと大野の横に座り、捲ろうとした時、スっと手が差し出された。 不思議そうな顔で大野の顔と手を何度も見比べていると、差し出した手を上下に振って、催促する。 「なんだし」 「俺のアイディア代、五十万」 「五十万!? 高すぎるだろ! 払えるかっ!」 パシンっ、とその手を叩くと、「チッ、ゲーム機とソフトと課金しようとしたのにな」と立ち上がりながら言い、傘を手に取って、外へと行く。 「そんな金、一般高校生が持ってるかよ。持っててもやらんわ」とその後を追いながら言う。 「ま、俺は兄貴のスラックスがあるからいいけどな。ボロッボロだから、ものすげー嫌だがな」 「大野の兄貴もこの学校だったんだな」 「俺も兄貴も同じような頭だしな。親は特に期待してないから、どこの学校でもいいし」 「大野の兄貴は働いているのか?」 「そうだよ。大学まで行って勉強する気はないし、何よりも働いた金で一人暮らししようとしてるみたいだし」 「なる、ほどな⋯⋯」 ──頭がいいと言っても、行かないこともあるだろう。⋯⋯行く意味が無ければ。 何にも考えず、当たり前に大学に行くのだろうということを言ったら、紫音が朱音の教科書の頁をくしゃくしゃにするぐらい手で丸めながら言った言葉。 あの時はただ理解出来なかったけれども。

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