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「あーっ!!」
「朱音! お前、何俺の真似をしてんだよ!」
「楽しそうだと思って、やってみたかっただけなんだよ!」
「人を濡らすとかマジねーぞ! いいから謝りに行けっ!」
「言われなくても行くわっ!」
自身の足が濡れることを気にもせず、足早と立ち尽くす、濡らした人の元へと行き、「あの〜⋯⋯僕の悪ふざけで濡らしてしまったようで⋯⋯」と恐る恐ると言ったように、相手の顔を見た。──が。
「あっ!! しおんにぃ!!」
驚愕な顔をして、叫んだ。
朱音が濡らしてしまった人物──紫音は、眉をピクピクさせながら、黒いオーラを発し、ただ朱音のことを睨みつけていた。
あの時屋上で見た、怒りの中に悲しさを滲ませた顔ではない、本気で怒っている顔。
しおんにぃと呼んだことに対しても怒っているのかもしれないと思うと、朱音は震え上がった。
「朱音、何叫んでんだよ。⋯⋯あ、すみません。こいつが調子乗って、水溜まりに入ってバシャバシャしていたもんで。どうぞ、叱ってやってください⋯⋯ん?」
騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた大野が紫音の顔を見るなり、眉間に皺を寄せ、何か考え込んでいる。
「何か、用──」
「あぁ! 前に朱音が見ていたあの写真の人! てことは、この人が兄と慕っていた紫音先輩か!」
思わず紫音のことを指で差す大野の、不躾な行動に眉がピクッと一際大きく動かしている。
「お、大野⋯⋯っ! やめろって!」
「へ? 何が? 先輩のことを奪われたくないって? 安心しろよ。俺は女の子しか興味が無いぜ」
「違う! そういう意味じゃなくて──」
「──写真というのは、何のことだ」
二人の騒ぐ声を遮る、静かな怒りを滲ませた声に、二人は一斉に紫音の方を向いた。
「あ、いや⋯⋯それは⋯⋯」
「見てくださいよぉー! これですよ、これ!」
「あぁ! ちょ、大野!」
携帯端末を素早い手さばきで、検索した大野は紫音にあのサイトを見せてしまっていた。
それを阻止しようと大野から携帯端末を取り上げようとしたものの、片手で顔面を遮られ、簡単に阻止されてしまった。
こんちくしょう。
「朱音君が、これを朝っぱら見ていたんですよ。よっぽど先輩のことが好きなんですね」
「·························そうか」
「··········?」
片手は傘を、もう片手はバタバタさせていたが、大野の指の間から紫音の横顔が見えたことにより、ピタリと動きが止まっていた。
紫音が、優しい表情をしていた。
もう一度きちんと見ようとしたが、「それにしても、すごいッスね〜。俺なんてギター弾こうとしましたけど、全然出来なくて、すぐに止めてしまったし」と大野が紫音の方を見ながら会話をした瞬間、無表情に戻っていた。
見間違いか?
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