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気遣われているなと、心の中で感謝をしつつ、大野の他愛のない話に耳を傾けていた。
その間、いつの間にか話し終え、朱音の前で一言も話さず歩いている紫音の背中を見ていた。
先ほどの朱音が水溜まりのを蹴って濡らしてしまったシャツが透けて、肌が見えていた。
広く大きな背中。
お風呂に一緒に入っていた時、背中を流し合いっこしていたのを思い出す。
あの頃は当然のようにここまで広くも無かったものだから、改めてあの頃とは違うんだなと思い、そして、何故か見てはいけないものを見てしまった緊張が走った。
それは、自身のが反応するまでに。
突然、電子音と共に下半身に固い感触が当たった。
それが何なのかと目線を下げると、改札口のゲートが閉まったようだ。
「おい、朱音。何しているんだ? 新しいボケでもしてんの? 」
「バ⋯⋯ッ! ちげーよ!」
「しょーもなさすぎて草も生えんから、さっさと傘を畳んで通したら?」
「傘⋯⋯?」
その時になって差したまま構内に入り、さらには改札口に通ろうとしていたことを知った。
周りは朱音のことを避けつつも、何をしているのかという好奇の目を向けていることにも気づき、向こう側にいる大野に「はよ言えよ!」と顔を真っ赤にしながら傘を閉じ、カードを改札口に通して、八つ当たりをする。
「てか、さっきからずっと言ってたわ。お前が途中からなんでか上の空になっているから悪いんじゃん。何? まだ寝足りないのかよ?」
「⋯⋯んー⋯⋯まあ、そんなところ⋯⋯」
紫音の張り付いたシャツから妙な気持ちになった、など口が裂けても言えるはずがなく、曖昧に濁す。
ちなみに下半身の膨らみは、ゲートに驚いたおかげか元に戻ったようだ。
そのままでいてくれよ。
「まあ、何でもいいけどさ。早く行かないと紫音先輩、見失うぜ」
「紫音⋯⋯?」
言われて初めて気づいたが、そういえば大野の近く紫音の姿は見かけなかった。
周囲を見渡すと、階段を降りる後ろ姿を見かけた。
と、同時に朱音らが乗る電車が到着する、というアナウンスが流れた。
「あ、やべぇ! 早く行かないと!」
二人は慌ただしく階段を駆け下り、停止位置に立ち止まる紫音の元へと駆け寄った。
「間に合った⋯⋯」と呟いたその後に、電車が来、三人は乗った。
「朱音があんなツッコミづらいことをしてるから、こんなことになったんだろ。アイス奢れよ」
「別にしたくてしたわけじゃねーし。だから、奢らない」
「はー? じゃ、なんなんだよ」
「だから、寝不足なんだって」
「いやっ、なーんか違うな。さっきのは、挙動不審だった。他に理由があんだろ?」
「⋯⋯うっ」
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