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「──朱音。風邪を引く」
「──えっ?」
反対側に渡りきり、立ち止まった時、後ろから駆けてくる足音が聞こえた瞬間、グイッと肩ごと引き寄せられたかと思うと、紫音に密着する形となった。
突然、何だと、何が何だと頭が混乱し、何も言えず、歩き続けていたが、バッと紫音のことを見上げた。
「え、何!? いきなり、何!? 今、俺のことを名前で呼んだ⋯⋯? いや、それよりもこんなにくっついていたら、しおんにぃの方こそ、また濡れない? 俺のことどうでもいいから、離してくんない?」
「⋯⋯」
「離してくれますか⋯⋯?」
「⋯⋯⋯」
「あのー? 離していただけますでしょうかー?」
「⋯⋯⋯⋯」
「あ、あのー?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
返事がない。ただの屍⋯⋯──。
試しに肩を掴んでいる手を引き離してみるが、ちっとも動かず、がっしりと掴まれている。
こんなに細くて、綺麗な指なのに、思っていたよりも力があるのか。
感心⋯⋯している場合ではない。早くこの状況を脱したい。
一度で分かりきっていた、無駄な引き離しを何度もしていると、身体を丸ごと抱きしめるように自らの懐に入れた。
完全に脱するチャンスを逃した。
「あの、さ、紫音。俺、歩きづらいんだけどさ⋯⋯もうちょっと手の力緩めてもらえない?」
「⋯⋯」
「あのー? 聞いてます?」
「⋯⋯」
ものすごく黙っているの、怖いんですけど!
何故、話さなくなったのか、不思議と不安が同時に押し寄せてくる朱音は、何度も紫音に言って離してもらうよう懇願したが、どれもこれも答えてくれなく、ただ歩き続けていた。
その時、朱音を抱いている方とは反対側の肩が濡れていることに気づいた。そして、自身が全く濡れてないことも。
何だ、この妙な気遣い。これってなんだか⋯⋯──。
頬が徐々に熱くなっていき、鼓動が速くなるのを感じる。
何を意識しているんだ。これは何ともない行動だ。自分が子供じみたことをしているから、紫音が気を利かせて、濡れないように自分の肩が濡れることも気にせず、傘を傾けているだけじゃないか。
何をそんなに意識を。
あの時のように、紫音が『兄』のように『弟』のことを気にかけているだけ。
そう、気にかけているだけ⋯⋯。
けど、どんな形であれ、こうして紫音にくっつくは懐かしい。「あるきにくいよー」と困った笑い声を上げる紫音のことをよくくっついて笑い合っていた。
懐かしいな。
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