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脱衣所から見て左を向き、短い廊下を数歩歩くと、台所とリビングの部屋に辿り着く。 今はすりガラスの扉は閉ざされており、あの部屋の状況は分からないが、さっきから聞こえる母親らしき声から察するに、紫音もあの部屋にいるのだろう。 自室に行く前に、一応は声を掛けないと。一応は。 緊張した面持ちでその扉を開ける。 左手には台所、その少し奥がリビングなのだが、そちらの方に二人はいるらしく、母親のワントーン高い声が聞こえた。 その後に、母の言葉に返事する声が聞こえた。が、その声音が朱音と接している時は全く違う、何とも話しやすそうな低くも優しさを混じった声音だった。 朱音のことを話題にしているらしいが、今はそのことに気にしている場合じゃない。 「⋯⋯しおんにぃ⋯⋯?」 ソファに並んで座っている二人の姿を、紫音の姿を捉えた途端、あちらもすぐに気づいたらしく、小さく驚いているような表情をした後、さっと顔を逸らした。 ずきり。 胸が痛むのを感じた。 どうして、そんな表情をするの。 「朱音、上がってきたの。紫音君、入ってきなさい」 「⋯⋯お言葉に甘えて」 幾分か朱音に接している時の声音で返事をした後、朱音の横を通り、部屋から出て行った。 その際も一切目を合わせずにいた。 「⋯⋯どうして」 心の内に思っていた言葉が漏れていたようだ。母に「何か言った? 」と返されたことにより、「いや、なんでもっ!」と言ってその場から逃げるように走り去っていく。 「朱音っ!? どうしたの!」と叫ぶ母の声が後ろから聞こえたものの、立ち止まることはなく、自室へと駆け込み、扉を乱暴に閉め、ベッドへとふらふらとした足取りで歩き、そのまま倒れ込む。 他の人に対してはあのような態度なのに、何故、朱音に対してはあんな態度なのか。 幼馴染みの親であるからいつものような態度では失礼に当たるから、幾分かあのような態度であったのだろうと、少しずつ冷めていく頭で分かってきたが、分かりたくはなかった。 何か自分が悪いことをしたのなら、謝るし、態度を改めるから、さっきのような態度で接して欲しい。人の顔を見るなり、罰が悪そうな顔をして、顔を逸らさないで欲しい。 「しおんにぃ⋯⋯」 横向きとなった体を丸め、ポケットから取り出した携帯端末のカバーに付けたストラップを見た。 幼い頃に交換した、紫音のだった物。 ずっとずっと会いたかった兄と信じていた人のことを、会わなければ良かったと思い始めてしまった。 昔の優しかった笑顔を見せてくれる、綺麗な記憶のままにしておけば良かった。 そうすればこんな気持ちには。 薄暗闇の部屋、雨音を聞きながら、現実逃避をするようにぎゅっときつく目を閉じた。 その際に、涙が頬に伝ったけれども、気にもしなかった。

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