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「ウザかったな、大野のやつ⋯⋯」
屋上へと行く階段を上りながら、特に今朝のことを思い出してはうんざりとした顔をしていた。
その後もことあるごとに、人を馬鹿にするような笑みを浮かべて、見ていた。
「人のことを笑っている余裕があるのなら、試験勉強しろし」
ぶつぶつと文句を言いながら、屋上の扉を開ける。
廊下と同じく、むわっとした空気が朱音のことを包む。
しかし、その不快さを一気に飛ばしてくれたのは、屋上に佇む紫音の姿を見つけた時。
日中、一時的に降っていたので、あちらこちらに水溜まりがあるのを避けつつ、柵の方にいる紫音に歩いていく。
ヴァイオリンを弾いていないのを見るのは初めてだと思いながら。
その背に声を掛けようとした時、足音で気づいた様子の紫音が、持っていた物をポケットに入れ、こちらに振り向いた。
が、朱音の目には紫音が直前まで携帯端末を見ていたのが映っていた。
正確にいうと、あのストラップか。
「本当に、大丈夫なのか」
改めてお礼を言おうと口を開くが前に、紫音が少々食い気味に言った。
こんな紫音を見るのは初めてだと思ったが、母の言葉を思い出し、納得と嬉しくて笑みが零れていた。
「大丈夫だって。頭痛いのとダルかったぐらいで、そこまで動けないぐらいのひどいものじゃなかったし」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう、か」
いつもの淡々とした言い方とは違う、僅かながらでも、安堵しているような声音だった。
本当にそこまで心配してくれていたんだ。
「ありがとう、しおんにぃ」
「⋯⋯紫音、だ」
「やだ」
やや俯きがちになって言う紫音の言葉を遮るように、ぐいっと手を引っ張った。
突然そうされたものだから、紫音は少しばかり目を開いて、よろめいたものの、朱音は悪戯な笑みを見せた。
そうだ。ついでに問いただしてみよう。
「ね、しおんにぃ。俺が昔、雨上がりの水溜まりを見て、何をしようとしたか覚えてる?」
「⋯⋯⋯⋯さあな」
夕暮れの空を映し出した水溜まりの前に来たが、そう言ってふいと顔を逸らし、無理やり握った手を解こうとするのを、「ダメ」とぎゅっと握った。
「思い出してくれるまで、離さない」
「⋯⋯お前な⋯⋯」
呆れた、と言うようなため息を吐いたが、言う気は無いようだ。
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