55 / 113

4-28

「ウザかったな、大野のやつ⋯⋯」 屋上へと行く階段を上りながら、特に今朝のことを思い出してはうんざりとした顔をしていた。 その後もことあるごとに、人を馬鹿にするような笑みを浮かべて、見ていた。 「人のことを笑っている余裕があるのなら、試験勉強しろし」 ぶつぶつと文句を言いながら、屋上の扉を開ける。 廊下と同じく、むわっとした空気が朱音のことを包む。 しかし、その不快さを一気に飛ばしてくれたのは、屋上に佇む紫音の姿を見つけた時。 日中、一時的に降っていたので、あちらこちらに水溜まりがあるのを避けつつ、柵の方にいる紫音に歩いていく。 ヴァイオリンを弾いていないのを見るのは初めてだと思いながら。 その背に声を掛けようとした時、足音で気づいた様子の紫音が、持っていた物をポケットに入れ、こちらに振り向いた。 が、朱音の目には紫音が直前まで携帯端末を見ていたのが映っていた。 正確にいうと、あのストラップか。 「本当に、大丈夫なのか」 改めてお礼を言おうと口を開くが前に、紫音が少々食い気味に言った。 こんな紫音を見るのは初めてだと思ったが、母の言葉を思い出し、納得と嬉しくて笑みが零れていた。 「大丈夫だって。頭痛いのとダルかったぐらいで、そこまで動けないぐらいのひどいものじゃなかったし」 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう、か」 いつもの淡々とした言い方とは違う、僅かながらでも、安堵しているような声音だった。 本当にそこまで心配してくれていたんだ。 「ありがとう、しおんにぃ」 「⋯⋯紫音、だ」 「やだ」 やや俯きがちになって言う紫音の言葉を遮るように、ぐいっと手を引っ張った。 突然そうされたものだから、紫音は少しばかり目を開いて、よろめいたものの、朱音は悪戯な笑みを見せた。 そうだ。ついでに問いただしてみよう。 「ね、しおんにぃ。俺が昔、雨上がりの水溜まりを見て、何をしようとしたか覚えてる?」 「⋯⋯⋯⋯さあな」 夕暮れの空を映し出した水溜まりの前に来たが、そう言ってふいと顔を逸らし、無理やり握った手を解こうとするのを、「ダメ」とぎゅっと握った。 「思い出してくれるまで、離さない」 「⋯⋯お前な⋯⋯」 呆れた、と言うようなため息を吐いたが、言う気は無いようだ。

ともだちにシェアしよう!