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だったら。
「今朝さ、小学生らが水溜まりに映った空を覗き込んで、空の上に行けるかもって言う会話を聞いたんだよ。で、その時、昔も似たような会話をしたなって。思い出した?」
「⋯⋯」
話していて、ある場面を思い出した。というか、今朝も見たではないか。
紫音が口を割らないのなら、試してやろう。
「で、小学生らがこうやったわけよっ!」
「⋯⋯っ、ちょ⋯⋯っ」
バッシャーンっ!
朱音が、遅れて紫音と共に水溜まりに飛んで、大きな水しぶきを上げた。
そうだ。あの時もこのようなことをして、あの空の上に行こうとしていた。
「んー⋯⋯やっぱり、いつやっても空の上には行けないな」
「⋯⋯あか、⋯⋯朝田」
「え⋯⋯──っ!」
緩んでしまった手を解かれたかと思えば、ガシッと両肩を掴まれた。
痛い、と思ったが、一瞬。怒っている紫音と目が合った。
「お前はどうして、学習しないっ! 一昨日したことをもう忘れたのか!また風邪を引くつもりか! そうやってまた、いつかのように高熱を⋯⋯」
そこでハッとする紫音に、急に怒声を上げたことに面食らっていたものの、不思議そうな表情をして見ていると、「⋯⋯取り乱した」と両肩から手が離れた。
強く掴まれた部分が、ズキズキと痛んだが、それよりも今起きた出来事が信じられずにいた。
あそこまで怒るほど心配しているだなんて。
「⋯⋯ぁ、⋯⋯しお⋯⋯」
「⋯⋯あの時、飛んでいってしまえば良かった」
「それって、どういう⋯⋯」
震えている声に答えることもなく、紫音は水溜まりから去ってしまった。
水溜まりの中に映るのは、黄昏に染まる空の下、悲しげに佇む朱音だけだった。
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