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「朱音。ここでいい?」
「あ、ああ。いいんじゃないか」
ぱっと手を離し、少し離れた大野の元へと行き、パラソルを差し、レジャーシートを敷いた上にクーラーボックスを置いた。
波打ち際に近く、周りには人がいないというなかなかにいい場所だった。
「よし。場所確保出来たし、あいつらのお守りをしながら泳ぎに行くとするか。どっちが先に行く?」
「あー⋯⋯先に行ってていいぜ。俺、飲み物飲みたいし」
「あ、そう? じゃ、遠慮なく行ってくるわ」
振り返りながら手を振ってくるのを、軽く手を振り返し、大野の行く先であの友人二人が、同年代ぐらいの女子二人に砂で遊ばれているのを、座って、クーラーボックスから飲み物を取り、飲みながら見ていた。
一応は、遊んでくれそうな女子が見つかって良かったじゃん。
二人揃って寝そべって、胸辺りの膨らみからして女性の身体を砂で作られて、楽しそうにしているところを大野も中に入って、一緒になって砂で遊んでいるのを見て、ふっと笑った。
にしても、パラソルで日陰になっているとはいえ、やはり暑い。
ひと泳ぎしたいが、荷物を見ておかないと何があるか分からないため、泳ぎには行けなさそうだ。
何をしようか。
ペットボトルの飲み口を軽く噛みながら、ぼうっと海の向こうで泳いでいる家族らしい人達を眺めていると、在りし日の自分と紫音の姿が重なった。
浅瀬で浮き輪を付けた朱音の手を、紫音が持って、泳がせる光景。
紫音が泳げたのだろう。それを真似して泳ぎたいがために紫音に泳ぎ方を学んでいた。
微笑ましいことだ。
その手に取ってもらっている間は泳げた気になって、楽しかった。
その後は、学校の授業で泳げるようにはなったが、五メートルを泳げるか泳げないか程度の泳ぎだったので、厳密に言うと泳げないに等しい。
水泳も紫音がいなくなってしまったことで諦めてしまったようだ。
つくづく紫音がいなければすぐに諦めてしまう性だ。情けない。
はぁと息を吹きかけると、ちゃんと吹けてない笛のような音が鳴った。
ペットボトルを口から離し、蓋を閉め、横に置くと、ポケットから携帯端末を出し、チャットアプリを開いて、紫音のチャットルームを開く。
やはり、あの時朱音が送ったメッセージを最後に、既読すらついていなかった。
激昂する紫音の表情。
自身の行ないのせいで、あの頃のように高熱を出してしまうと危惧してたから、あんなにも怒るぐらい心配していたんだとあの時でも思うぐらい分かっていたが、急な態度に戸惑いと恐怖も覚えた。
それに、こうしてメッセージも見てくれないことから、呆れて朱音のことを見放してしまったのかもしれないと思うと。
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