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「今から、紫音と呼んでおけ」 「えー、それは嫌だって、あの時に言ったんだけどー」 「⋯⋯勝手にしておけ」 不機嫌そうにふいと、地面に置いていたシーグラスに目を向ける紫音に、「勝手にしておきますぅー」と不機嫌返しした朱音だったが、「あ、そうそう」と声を上げた。 「しおんにぃのヴァイオリン練習はいつまでやるつもり? タイミングがいい時に回れたらいいんだけど」 「⋯⋯お前はクラスでの仕事があるんじゃないのか」 「あ、そっか。そうだった。気が早すぎたな⋯⋯へへ⋯⋯」 あまりにも楽しみすぎて、今から一緒に回る時間を決めようとしてしまった。これから給仕する時間を決めるっていう話が出ているのに、決めようにも決められないじゃないか。 それに、文化祭前は体育祭だってある。 「今月は体育祭があるんだったー! 夏休み終わってからすぐに行事があるなんて、忙しくね?」 「⋯⋯そうだな」 「けど、中学に比べると種目が少ないみたいだし、やる意味ないと思うわ。俺は、たしか⋯⋯徒競走と騎馬戦と、あとなんかあったような⋯⋯。あ、しおんにぃは何やるの?」 「⋯⋯俺は、出ない」 「え?」 「体育祭には、出ない」 それは、一体。 体育祭は体育の成績に評価されるはずだ。だから、出ないと成績に支障があるのではと思ってしまう。 「なんで出ないの?」 「なんでも」 この話は終わりだと言わんばかりに楽器ケースの鍵を閉めた紫音は立ち上がった。 「ちょ、待っ⋯⋯──!」 その後、追おうと立ち上がろうとした朱音の頭をポンポンと優しく叩かれた。 そして、聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟いたことも。 目を大きく見開くこととなった朱音のことを振り返らず、紫音は立ち去る。 一人取り残された朱音は、微かに聞こえた呟きが頭に浮かんだ。 ──楽しみだ。 それはきっと一緒に回ることなのだろうと思われるが、そう思っていただなんて。 嬉しい。 嬉しすぎてたまらない。 「しおんにぃ⋯⋯っ!」 頬が熱くなっていくのを感じて、誰も見てないのに顔を覆った。 頭を撫でられた上にそんなことを言われてしまったら、勘違いしないはずがない。 もっと撫でて欲しいと思ってしまう。 下のが反応しかけているのを気づかないフリをして、顔を覆ったまま左右に激しく振っていると、膝に固い物がぶつかったことにより、顔を上げた。 それはさっき、紫音が袋から取り出したシーグラスだった。 「しおんにぃ、なんで出して⋯⋯」 曲線を描いて地面に置いていったシーグラスを辿り、そして、全体を見て、どこかで見たような形だと考え込む。 そうだ、この形は。 思いついた朱音はポケットから携帯端末を出し、その付いているストラップを掲げ、見比べた。 やっぱり。 それは半分に欠けたハートを象られていた。 袋には重しにしているらしい一個を残して、それを作った。 だけど、何故に。 紫音の真意が分からないまま、朱音はしばらくの間、それを見続けるのであった。

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