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「⋯⋯と、とりあえず、君は保健室に行きなさい」 さっきよりも手が痛んできたのを感じながら、こちらに恐る恐る歩み寄って来る先生にそう言われ、教室を出て行こうとするのを、さり気なくクラスメートが避けることに少なからず傷ついていた。 ただ単に退けているだけかもしれないが。 出た直後に、中で何があったのか分かってない様子の大野が、「うわっ! どうしたんだよ、その手!」と言ってくるのを、「ちょっとな」と返し、「俺も一緒に行くわ。そのままあちこちで呼び込みしてくるわ」と教室にいるクラスメートに声を掛けつつ、大野と共に保健室へと向かった。 「にしても、派手にやったな。何か叫んでいたけど、何があったんだ?」 「それが⋯⋯」 さっき起きたことを大野に言うと、「マジかー⋯⋯」と呟くように言った。 「それは、マジ悪かったな。そんなになるとは思わなかった」 「本当に。痴漢される気持ちが分かるっていうか⋯⋯」 「⋯⋯朱音。本当にごめんな」 「⋯⋯⋯半分以上、大野が悪いな」 「半分以上って⋯⋯」 いつもの調子で冗談めかして言ってみせるが、頭の中では、さっきの思い出したくないことが思い出され、調子に乗る余裕が無かった。 「朱音⋯⋯」 案ずる声が隣に聞こえたが、それに答えたら、この恐怖で震え上がっている体が感情へと変わって、涙が溢れそうになるから、ぐっと堪える。 互いに何も言えずにいると、すれ違う人の「可愛くない?」と言う声がやけに聞こえて、耳を塞ぎながらその場を逃げたい気持ちになる。 この時、紫音がいてくれたら、紫音だけを見てくれるかもしれないのに。 それは壁扱いしていて、紫音に対して失礼かもしれないが。 紫音は今頃、ヴァイオリンの練習でもしているのだろうか。 会いたい。 保健室がある場所は人はいなく、そのことに安心しつつ、「失礼しまーす」と入っていく大野に続いて入って行った。 「あら、どうしたの」 白髪混じりの温厚そうな保健の先生が椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄った。 「ちょっと、怪我をしてしまいまして⋯⋯」 そう言って見せると、「あらあら、まあまあ!」と大袈裟な反応を見せた。 「こんなにも血を出して! 何をしたの!」 「⋯⋯客とちょっと揉めて、殴っちゃいまして⋯⋯」 「だとしたら、折れている可能性もあるわね。やんちゃしちゃダメよ」 「⋯⋯はは⋯⋯」 それ以上何も言えず、愛想笑いを浮かべる朱音に、「ここに座って」と、自身が座っていた椅子の隣の椅子に促され、そこに座った。

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