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さっき座っていた椅子に座り直した先生は、机に置かれていたケースから消毒液とガーゼを取り出し、消毒液のフタを開ける。 「染みるけど、我慢してね」 「は、い。⋯⋯っ」 消毒液が血が出ている箇所に液体がついた瞬間、涙目になるほど染み、声にならない声を上げていた。 「はいはい、大丈夫大丈夫」と気遣いながらガーゼでポンポンと優しく血を拭っていくが、その度にじんじんとした痛みが走る。 頭に血が昇って、殴ることをしなければ良かった。だが、調子に乗ってあのようなことをするやつが悪いのだ。 「皮が剥けて、血が出てきたのね。あと、指は動くのかしら。指一本ずつ動かしてみるから、痛かったら、言ってね」 「はい⋯⋯」 染みた消毒液のせいで痛くて、それどころではないのだが、それを告げることはなく、先生が一本ずつ指を上下に動かしていく度に、「どう?」と訊いてくるのを返事していく。 手を離した先生は、「うん」と頷いた。 「この感じだと多分、骨折はしてなさそうだけど、レントゲンを撮らないと分からないわね。すぐに行かないと、もしもって時があるからね。今からお医者さんに電話するから、親に連絡しておいて」 「え⋯⋯」 一気に血の気が引いた。 そこまで大事になるだなんて。 やっぱり、あの時、手を上げるべきではなかったと深く後悔した。違う方法で相手(たしな)めれば、今頃、何事もなくクラスでの仕事が終わって、場合によっては、練習している紫音の姿が見られたかもしれないのに。 膝上に乗せていた左手を力強く握りしめる。 「朱音。俺が代わりに仕事をしておくからさ、医者に行ってきなって」 「⋯⋯だ」 「え?」 「⋯⋯やだ⋯⋯」 「朱音、お前──」 「やだ⋯⋯っ、しおんにぃと一緒に回れなくなる⋯⋯っ! 行きたくない⋯⋯!」 視界が滲み、下を向いていたため、スカートに落ちていく雫が、次から次へと染みを作っていっていたが、構わず泣き続けた。 「⋯⋯朱音。⋯⋯はぁ、お前ってやつは⋯⋯先生、少し待っててください」 「⋯⋯ええ」 そばで立っていた大野が保健室から出ていく音が聞こえ、少しした後に、先生が「もし、骨折していたら、指が変な方向に曲がってしまうのよ」と優しく説得する声が聞こえたが、聞き分けのない小さな子どものように、「やだ、やだ⋯⋯」と涙声で言いながら泣き続けていた。 きっと先生が言うように、今すぐにでも医者に行くべきなのだろう。もしかしたら、早めに処置が終わって、回れる時間があるかもしれないからだ。が、それでも、自分のせいで一緒に回れなくなると思うと、指が変な方向に曲がろうがどうでもいい。

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