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口の中で、え、と呟いた直後。 そのまま朱音の手を自身の唇に寄せたかと思えば、そっと、当てた。 口が半開きとなった。 どうしてそのようなことを。 いや、たまたま手が唇に当たってしまっただけで、跪いた王子がお姫様にするような行為ではないと思われる。恐らく、きっと! 今も心音が高鳴っているのは、突然されて驚いているだけで、それ以上もそれ以下の意味はない⋯⋯はず。 「え、あ⋯⋯あの、紫音⋯⋯」 紫音の唇から手が離れたが、下ろしはしなかった。 「⋯⋯殴った、と言っていたな。客に何かされたのか?」 「⋯⋯ぇ、えっ⋯⋯と⋯⋯」 言われて思い出してしまうのは、まとわりつくように触られた感覚。 それだけで、また体が震えてしまう。 「⋯⋯悪い。思い出させてしまった。俺は──」 「ううん。しおんにぃのせいじゃない。悪いのは、こんな格好している俺のせいだ。だから、客に──」 「そうだな。こんな可愛い格好をしているのだから、誰も彼も見てしまうのは仕方ない」 「⋯⋯⋯ん?」 今、何と。 幾分か柔らかい声音で今、「可愛い」と言っていなかったか? しかし、紫音は素知らぬ顔でいる。 「ファンクラブだのなんだの勝手に意味分からないものを作って、挙げ句、逆上して、困らせたことも許せなかったが、結果的にいいモノを見させてもらった。似合うな」 「に、似合うって⋯⋯! 俺男だから、そう言われるの、めっちゃ複雑なんですけどー⋯⋯⋯」 男ならカッコイイだの、さりげなく気を使って素敵だと言われたいのが一般的だと思うのだが、どうしてだろう、褒め言葉に聞こえてしまう。 それは普段、嫌悪感丸出しの女子達にこんな恥ずかしい格好させられた時、褒めちぎられたから、その気になっているのだろうか。 それとも。一番好きな人に真正面で褒められたからだろうか。 好き。 ドクン。 この好きな人の「好き」は、一番に慕っている人という意味、だったはずなのに、今は違うと否定してしまっている。 だったら、この「好き」は一体。 「クラスメートよりも殴った相手よりも、先に見たかった。いや、自分だけが見たかった⋯⋯」 「し、しおんにぃ⋯⋯?」 撫でていた手をするりと頬に添えられ、その手つきが大切な物を壊さないようにと、ふんわりとした手つきだったため、その言葉に困惑していたものの、どこか嬉しいと思う自分がいた。 もっと触れて欲しいとも。

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