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「朱音⋯⋯、ご、ごめん。つけてしまった⋯⋯」
「あ、いやいやっ! このエプロンを取れば、大丈夫だからっ!」
今まで見たことがないような動揺を露わにした表情に、朱音は慌ててブレザーを肩から下ろし、それからエプロンを脱いだ。
「なっ! なっ! これで大丈夫だろっ!?」
「なんてことだ⋯⋯そんな姿も可愛いだなんて⋯⋯」
「しおんにぃっ!?」
口元を覆い、衝撃を受けているような表情を見せる紫音に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
どんなことをしても可愛いになってしまうのかよ。
可愛い、可愛いとぶつぶつ言う紫音に半ば引きながらも、ぷっと吹き出していた。
「ははっ、いつもならクールで無表情だったのにさ、あ、そうだ。保健室に来た時、昔のしおんにぃのようになっていたよな。めっちゃびっくりしたけど、やっと知っているしおんにぃになって⋯⋯」
「⋯⋯ダメだ」
「⋯⋯へ?」
一瞬にして笑いが止まり、口から手を離した紫音のことを見やる。
その時気づいたのは、心なしか震えている手。
「⋯⋯ダメだ⋯⋯ダメだ⋯⋯っ。俺は、理想としている人物のようにならなくては。何のために、全て捨てて、こうなっているんだ⋯⋯」
「⋯⋯しおんにぃ⋯⋯? どうしたの──」
「⋯⋯朱音」
さりげなくチャックを閉めながら、こちらを見据えた。
その表情は、無に近くもありながら、憂いを帯びていた。
「⋯⋯もう、俺の前には来ないでくれ」
声が出なかった。
「どうして⋯⋯なんで、そんな急に⋯⋯っ」
「⋯⋯お前がいると、なりたいものになれない。⋯⋯邪魔だ」
邪魔。
意識が遠のいていくのを感じた。
邪魔。
昔から想い続けていた人から、このような言葉を言われるだなんて。
再開して、どんなに邪険されていても、そばにいようとしていた。
いや、邪険にされている方がまだ良かったかもしれない。こうやって、面と面向かって言われたことが無かったのだから。
その二文字が頭の中で反響する。
「⋯⋯だから、ここで、───。」
机に雑に置かれたままだったブレザーを引っつかむと、紫音は薄暗い教室を出て行った。
その間も朱音は呆然としたまま、紫音が去る際に口だけを動かした言葉を思い返し、涙を一筋、流した。
──さよなら。
「どうして、なんだよ⋯⋯しおんにぃ⋯⋯」
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