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第8話
東京から新幹線で約1時間半。宮城県仙台市。
「お前のために有給取ってやったんだよ。」
「ありがとうございます♡…たっぷりご奉仕させてください♡」
「う…」
有名人であるカオルは眼鏡に帽子、マスクは必需品だ。
「お前、目立つんだよ。」
「そうですか?」
「改めて見ると、でっけえな。」
「…?」
カオルの身長は185㎝。モデルという仕事をこなせるのも納得がいく。一方で竹崎は179㎝。一応、身長は高い方であると思っていたが、上には上がいた。
変装しきれないほど、オーラがあふれ出るカオルの隣は歩きたくない。
「仙台も都会だな。」
「そりゃあ…東北とはいえど、日本八大都市圏のひとつですから。」
久しく訪れた仙台駅。時間を問わず、人が多い。東京とはまた違う、都会の雰囲気。
「腹減った。なんかおごれよ。」
「じゃあ…牛タンがいいですかね。」
「お、仙台名物じゃねえか!」
カオルが連れてきたのは少し歩いた所にある飲食店。店の外見からして上品な雰囲気で、普段チェーン店しか通わない竹崎は背筋が伸びる。
「ここ、美味しいんですよ。」
「だろうな…」
道に迷うことなく仙台市を歩くカオルの姿を見て、あぁ本当にここで生まれて育ったんだな、と思った。なんだか不思議な気持ちでカオルの隣を歩いていた。
ふたりで外を歩くなんて、いつ以来だろうか。いや、旅行というのは初めてかもしれない。
店に入って、個室に案内された。メニューをひらいて、料理をじっくりと選ぶカオルは満面の笑みを見せていた。凄く嬉しそうで、楽しそうに見えた。
「おいしそう…!」
「…。」
「ん?」
「…なんでもない。」
「…牛タンはやっぱり塩がいちばんです。」
「そうか。じゃあお前に任せようかな。」
「えへへ」
カオルは色んな笑顔がある。
微笑み、大笑い、苦笑い、愛想笑い、照れ笑い…。なんだか、この笑顔は子供みたいであった。仕事から、東京から、人々の目から、解放されたんだと竹崎は察した。その笑顔を見たら、この時間が凄く貴重に思えた。
「ご主人様…」
「外ではやめろ。」
「あっ、ごめんなさい」
二人きりなのに、ご主人様と呼べないのも慣れなかった。
そして、注文した料理が来て、二人の時間を楽しんだ。
「…実家には帰るんだろ?」
「はい。そのつもりです。」
「じゃあ、俺は適当に時間潰してるから、ゆっくり行って来いよ。」
「えっと…。…竹崎さんも良かったら、来てください。」
「は?おめぇの実家に!?…なんでだよ」
「…両親も竹崎さんに会いたいって…」
「俺に会ってどうするんだよ、ただのおっさんだぜ。」
「僕を成功させてくれた恩人ですから。挨拶したいみたいで…」
「俺は、カメラのボタン押しただけだけどな。」
「それも才能ですよ。」
「…」
カオルの実家に行くなんて微塵も考えていなかった竹崎。そんな提案をされて少し困惑していた。
「…お前の両親にどんな顔して会ったらいいか、わからねぇんだよ、」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。」
「お前は大丈夫でも、俺が大丈夫じゃない。毎晩お宅の息子さん抱いてますって、言ったら両親ひっくり返るぞ。」
「ふふっ。」
カオルは口元を隠して笑った。
「…だから、俺は待機してるよ。お前ひとり行って来いよ。」
「竹崎さん、お願いします。両親も楽しみにしているみたいで…」
「はぁ…参ったな。……もしなんかあっても、俺は知らないからな。俺は関係ないからな」
「ふふっ、ありがとうございます」
「…はぁ。」
気まずい。とにかく、気まずい。
ほぼ毎晩のように抱いているカオルの両親に、向ける顔なんてない。
「俺がもっと若かったら話は別かもしれねぇけどよ」
「…何がですか?」
「いや。」
「……竹崎さん、あのひとつだけ。」
カオルは箸を置いて、話し始めた。
「…両親は僕がゲイであることを知りません。」
「…そうなのか。」
「はい。ずっと言えなくて。これからも言うつもりは、無いんですけど。」
「これまでも隠してきて、これからも隠していくのか。」
「いつかはバレると分かってます。その“いつか”を待とうって思っているんです。」
「そう。」
そんな話をしたカオルは悲しげだった。さっきまで美味しそうに食事をしていたのに、突然笑顔が無くなってしまった。
「…分かった。」
「……?」
「俺もお前のやり方に合わせるよ。」
「ありがとうございます。」
食事を終えた後、仙台市を観光した。そんな二人は東京での二人とは違った。ここでは友達のように、恋人のように、楽しんでいた。
二人で同じ景色を見て、隣を歩いて。他愛もない会話をして、笑い合った。なんだか慣れないけど、ただ楽しくて、嬉しかった。
「もう少しで着きます。」
仙台市のとある住宅街。その日の夕方、カオルと共にタクシーでやって来た。立派な一軒家だった。
「実家か。」
「はい。ようこそ、わが家へ。」
「どうも」
表札には藤野と書かれていた。外には普通車が二台。片方は高級車だった。
「……。」
竹崎はカオルと生まれた環境が違うなと家の外見で察してしまった。
「ただいま。」
カオルの声を聞いた両親が玄関に駆け寄ってきた。
「おかえりなさい!」
「カオル、おかえり。」
両親も美男美女だった。二人はすらりとしたスタイルで、穏やかな笑顔を見せていた。そりゃあこんな綺麗な息子も生まれるわな、と竹崎は思ってしまった。
「母さん、父さん、この方が竹崎龍一さんだよ。」
「…初めまして」
カオルの両親はにっこりと笑って竹崎に挨拶した。
「まぁ、東京からわざわざありがとうございます。カオルの母です」
「どうも」
「お会いできて幸栄です」
「どうも」
竹崎の笑みは引きつっていた。息子さんを僕に下さい言いに来たみたいじゃねぇか、と心で訴えた。
「さぁさ、中へ。長旅でお疲れでしょう?」
「母さんが夕食を作ってくれたんです。竹崎さん、良かったら食べてください」
「お、おう…」
カオルの実家は広かった。稼ぎのいい仕事をしているんだろうな、何の仕事だろう。ずっと緊張し続けている竹崎は頭をフル回転させていた。
「何だか不思議な感じがします。実家に竹崎さんがいるなんて」
カオルはそう言って笑った。変に緊張する竹崎はそれどころではなかった。はは、と苦笑いをした。カオルの実家はまるで、モデルハウスのような家だった。広い部屋にお洒落なインテリア。余計に緊張する。
「もうすぐ出来ますから。少しお待ち頂けますか」
「あぁ…いや…お気遣いなく…」
「カオル、ちょっと手伝ってくれる?」
「はぁい」
カオルと彼の母親が台所に立った。取り残された竹崎は家の中をキョロキョロ見渡すだけだった。
「……、」
壁の一部に飾られていた家族写真。竹崎は無意識に足が動いていた。
「これは…カオルが6歳の時なんですよ」
すると隣にカオルの父がやって来た。手を後ろに組んで、穏やかに笑って家族写真を見ていた。
「…兄弟…ですか?」
「えぇ。カオルには6つ下の弟がいるんですよ」
「あぁ…そうなんですね。知らなかった。」
カオルに弟がいたことは初耳だった。
「…ん?」
沢山ある家族写真のなかに、兄弟が取ってきた数々の賞状なども飾られていた。
そこには、〝藤野 薫〟と書かれていた。
カオルというのは芸名で、本名では薫という漢字があった。それすらも竹崎は知らなかった。
楽器やスポーツ、勉強までも全ての分野で取った賞状。どれも薫の名前が書かれていた。竹崎はこんな賞状なんてもらったことがない。そんな才能ないし、どれも興味がなかった。
「カオルは…この頃から優秀だったんですね」
「…そうですねぇ。薫は、必ず私たちの期待を上回る子でした。」
なんだか、この言葉を聞いてしっくりこないと言うか、複雑な感情に陥るというか。なんていうか。無意識に眉がぴくっと動いた。
「…きっと、優秀で素敵なご両親がいたからですよ」
「そんな」
「ちなみに…お仕事は…」
「近くの大学で教授をしております。」
「あ…そうなんですね…。カオルの優秀さに納得がいきました。」
「薫は、私たちの誇りであり、自慢の息子です。」
そりゃこんな優秀な子供にもなるよな。竹崎の笑顔はさらに引きつった。
知的な雰囲気を醸し出し、落ち着いた表情で話すカオルの父。カオルと顔が似ていた。通った鼻筋に、綺麗な横顔。親子揃ってまるで美術品のような顔立ちだと思った。
ふと、家族写真を見た。
「……。」
生まれたばかりであろう弟を抱き上げ、満面の笑顔を見せるカオル。純粋無垢な笑顔が可愛らしい。別の写真でもカオルはカメラに向かって、くしゃくしゃになった最高の笑顔でピースサイン。
「薫は人前に出るような子ではなかったんですよ。でも…薫がスカウトされた時、薫自身は断ろうとしていたんです。私たちはこれはチャンスだと思い、人前に立ってみることを勧めました。中々上手くいかなったみたいで、申し訳ないことをしたと思っていたら…、竹崎さんに薫を輝かせてもらって。感謝しきれませんよ。」
「いや、俺じゃないですよ。輝いていたカオルを、俺がカメラに収めただけです。…俺がいなくてもきっと、カオルは高いところまでいけてると思いますよ。」
「…竹崎さんは素敵なお方ですね」
「?」
「薫は竹崎さんは素敵なお方だとよく聞いていました。確かにこんなに素敵なお方でしたら、一緒に居たくなりますね。」
カオルの父親はカオルの写真を見ていた。息子を誇らしげに見るような。そりゃあ、そうだよな。こんなに完璧な息子がいたら、人前に出したくなるよな。
母親と台所に立つカオルを見た。
一見楽しそうにしているカオルの表情は、余所行きの笑顔に見えた。竹崎は知っている。カオルの本当の笑顔、嘘の笑顔の時。
「……」
少ししてから夕食の準備ができたようで、竹崎はカオルの両親と夕食を共にした。
カオルの両親に沢山のことを聞かれた。
地元のこと、東京のこと、仕事のこと、そして…結婚のこと。
「竹崎さん、ご結婚されていないの?」
「…し、してないです。」
「まぁ、勿体ない。」
「……いや…、」
「でも…今年で40歳なのでしょう?恋人とか、興味ないの?」
「…仕事人間なもんで。」
「あ…あぁ!そうですよね、素敵なお写真撮る方ですからねぇ。」
「…はは」
分かる、分かるよ。40で結婚もしてない、彼女もいない。そりゃヤバい奴にもなるか。
「薫は?」
「えっ?」
とうとうカオルにも振られたこの話題。
「いないよ。僕もそれどころじゃないし。」
「素敵な女優さんとか沢山会うでしょう?ほら、あの人とか。誰だっけ、あのお酒のCMに出てる人。忘れちゃったわ」
「…母さん、いいから。」
「やだ、ごめんなさい」
カオルの母親は恥ずかしそうに笑った。しかし、カオルは笑えていない様子だった。
「……。」
目線が下がるカオルを見つめた。
夕食を済ませた後、竹崎はこの家を出ようとした。
「じゃあ、そろそろ。」
「まぁ、良かったら二人泊っていかない?せっかくだから…。」
「すいません。ホテル、予約取っちゃったんで。」
「まぁ、やっぱりそうですよね!ごめんなさい」
「…じゃあ、俺はこれで。」
「また遊びに来てくださいね」
「どうも。」
カオルは慌てて竹崎の後を追った。
「母さん、父さん!また来るね!」
竹崎は先に少し歩いていた。
「竹崎さん!!」
「…わりぃ、変な出方しちまった。」
「いえ…、ホテルなんて取ってましたっけ」
「咄嗟に嘘ついちまった。…良かったのか?泊まらなくて。」
「はい、大丈夫です。」
カオルは笑った。
「そうか。…帰るか?」
「えっと…」
「まぁ…帰りの新幹線もまだ間に合うし、泊まることもできるな。…どうしたい?」
「……」
判断をカオルに委ねた。すると、カオルはあざとく竹崎の服の裾を掴んだ。
「もう少し、ここに、一緒に…いたいです。」
「…仙台のこと分からねぇから、頼むよ。」
「はい。」
「でも、この時間だし…」
「…しゃあねぇよ。どこでもいい。」
「…はい」
日帰りも考えていた二人。
あの空気感に堪えられなかったので、思わず出てきてしまった。
「ここでもいいですか」
「あぁ。」
近くの飲み屋街の外れにあるラブホテル。
最近のラブホテルはお洒落だな、竹崎はそう思いながらカオルの後ろを歩いた。
「…好きなの選べよ。」
「はい…」
タッチパネル式の受付。カオルが選んだのは…
「なんだこれ!!!!」
「SMプレイができるんですって…♡♡」
「うるせぇ!!!!普通のを期待していた俺がバカだった…!!」
連れられたのは、SMプレイ専用の部屋。どう使うのかよくわからないものばかりで、竹崎は唖然とした。
「ご主人様…♡♡」
カオルは竹崎の足元に膝をついた。
「…はぁ。」
「……これ…」
カオルが差し出したのは、誕生日にプレゼントした首輪。カオルはこれを持ってきていた。
「持ってくんなよ、そんなもの」
「持ってくるに決まってますよ。僕の宝物ですから。」
「あっそう。」
竹崎は首輪を手に取り、カオルの首に巻き付けた。
「ご主人様。」
「……。」
一瞬でとろけた表情に変わり、尻尾を振るカオル。
カオルはこうじゃなきゃ。
竹崎は優しくキスをした。柔らかく当たる唇は愛おしく思えた。
「もっと、激しくしてください…♡」
「…ったくよぉ。雰囲気作りってもんを知らねぇのか?」
「ごめんなさい…♡」
部屋の奥に進むと、全面鏡張りの壁とSMプレイに使用する道具たちが見えてきた。
「とんでもねぇな……」
「ご主人様…♡」
カオルはこの部屋を見てから興奮を抑えられなかったようで、股間は既に勃起していた。
「いじめて…ください……」
「………。」
今日だけは、応えなければいけない気がした。
「こっち来い…。」
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