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第4話 蓉

経理部が毎月発行している取引先への請求書の内容に誤りがあったことが発覚した。 請求書の金額が明らかにおかしい、0が一桁足りないと、最初に見つけたのは経理部のエースと呼ばれている蓉であった。 経理担当者が請求の締め日に請求内容と金額を確定し請求書を発行している。 ある企業への請求書の金額に違和感を覚えた蓉は、その請求書と契約内容を照らし合わせて確認した。 自分が担当している企業ではないが、確認してわかったことは、明らかに0が一桁違う契約内容であることだった。 経理部が請求書の発行を担当することは、他部署が不正を起こさないためだ。だけどここまで違っていると、これは間違いではなく、意図的な細工ではないかと考えるようになり、部長に相談をした。 部長と二人でよくよく紐解いてみると、その契約を取ってきたのは海斗の兄である陸翔(りくと)であり、請求書を作成したのは陸翔とお付き合いをしている恋人の寺内(てらうち)優香(ゆうか)だということがわかった。 陸翔と優香は、少し世間ズレしているところがある。二人共、悪気はないが世間知らずだ。俗に言うおぼっちゃまとお嬢様である。そして、仕事のやり方も雑であった。 だから0が一桁違うなんて、全く気にしない。間違えた?ふーんと鼻をほじるくらいのもんだろう。 優香は経理部に所属している。しかも、今回のミスをした請求書の担当者であった。本来、経理部に所属していれば、気がつかなくてはいけないことだが、優香には契約書を確認するなんて頭にはないし、請求金額がおかしいなんて、そもそもわからないだろう。責任なんて持ち合わせてなく、気楽に仕事をしている人だ。 これは不正ではなく、単純に陸翔が0一桁足りないまま契約書を作成してしまい、気がつかずに先方の会社と正式に契約を結んでいたものだと、確認してわかった。 そして、最悪なことに先方から何も申し出はなく、その契約内容で取引をスタートさせている。このままでは、株式会社モンジュフーズに大きな損失を与えてしまうと、部長と蓉は二人で頭を抱えた。 仕事でこんなに大きなミスをするのは誰もが許せることではないのに、世間ズレしている二人のことを、指摘もせず怒りもせず、黙って見守るのには理由があった。 陸翔は株式会社モンジュフーズの経営者の御曹司であり、跡取り候補と言われていた。優香の父は政界の重鎮であり、優香はご令嬢という立場である。 二人共、仕事でミスを連発することは、日常であり、周りのみんなが尻拭いをしてきている。そんな二人を叱ることが出来ないでいるのは、自分の出世に影響がありそうなためだ。そのため、みんな何も言えずに我慢をして過ごしている。 だけど、今回は大きな問題だ。誰かが陸翔の尻拭いなんてしてくれるわけがない。 請求書金額が違うと発覚してから焦ったのは、陸翔が所属する営業第一部の部長だった。 営業第一部による大きなミスとなってしまった。早急に解決しなくてはならない。だけど、社内に大きく知られたくない。経理部と営業第一部だけで話を収めたい。 部長と担当者である陸翔で、契約書のまき直しをお願いしたいと、先方の会社に出向いた。 契約書の金額に錯誤(さくご)があったと、謝罪し説明するも先方の担当者は、相当ごねたようだった。 最終的には、もう一度正しい金額で契約を結び直すことで決着がついたが『但し』と先方の会社は条件を付けてきた。 但し三ヶ月間だけは、当初の0一桁足りない金額で契約するという条件だった。 三ヶ月間だけとはいえ、そんな金額で納品することになれば、会社の損害は免れない。社内にはもちろんミスが大きく知れ渡る。 営業第一部の部長は焦るが、当事者である陸翔と優香は他人事のようであった。 陸翔は蓉の大学からの友人である。マヌケだからミスを連発しているが、御曹司であるため、上から目線で話をする悪い癖がある。優香は天然なのか何なのか、話が伝わらないタイプだ。 「蓉、部長がさ、何とかしてくれるって言うんだけど、ややこしくなったわ。俺の昇進もかかってるしさぁ、大丈夫かなぁ。いや〜、契約金額の0がひとつ少ないなんて、わっかんねぇよ。お前、わかったのすげえな。つうかさ、先方も言わないなんてズルイよな」 と、自分のしたデカいミスを他人事のように陸翔は言い、 「芦野さん、なんか大変なことになりましたよね〜。なんでみんなわかんなかったのかな。私なんて、すっごく忙しいのに、みんなもっと真剣に仕事しないとダメだよね。よく確認した方がいいよ。大切なことなんだし」 と、優香は自分も関わってることに気がつかないのか、恥ずかしい発言を繰り返していた。 しかも優香に関しては最近、別の企業へ発行した請求書に間違いがあり、それについても蓉から指導を受けていた矢先の出来事であり、同じようなミスが続いていた。 二人のダメ発言に蓉が限界を迎え、誰もが我慢していたことを代弁した。 まずは自分の失敗を認めろ、そして自分で改善できるように努力をしろと、二人に突き放すように言った。 だが、その言葉で優香を泣かせる羽目になってしまった。泣きながら「自分の責任ではない」「ちゃんと仕事を教えないお前が悪い」と当たり散らし、その後はお決まりの「パワハラで訴る!」と優香が喚いた。それを聞き、冷静な蓉が更にキツい言葉を投げかけ、場を鎮まり返らせた。 焦った部長たちが優香を宥めたが、結果、蓉は自宅待機となってしまった。 今回の契約間違いは、株式会社モンジュフーズの跡取り候補として、陸翔の評判にも関わる。それに、優香の態度には大きな問題があるが、話が拗れると優香の父である政界の重鎮にまで話が伝わる可能性もあると、部長たちは怯える。 それぞれが責任ある仕事をしている社会人であるはずなのに、情けない話だ。ガッカリする。 だけど、自分もその会社の一員である。仕方ないけど、受け入れるしかないと自宅待機中、蓉はそう考えていた。 海斗にどこまで話をしていいのか迷う。 「あのね、迷ってるんでしょ?俺にどこまで話をしていいのかって。でも知ってるからね、俺。あのバカ達を庇うことないよ!陸翔も相当バカだけど、あの女は話が伝わらないモンスター級のバカだよ」 「おい…そんなに言うなって」 「確かに今回はうちのミスだけど、先方の会社も酷いよ。金額が違ってるってわかってて連絡してこないで、平気な顔をしている。契約書は正しいから問題ないのだろうって、ズル賢いというか…そんな会社と契約する陸翔のセンスって何?全くさぁ、頭にくる」 話は全部知ってるじゃん…と思いながら海斗を眺める。そういえば、陸翔の弟である海斗も御曹司なんだよなと改めて考える。 兄弟ではあるが二人は似ていない。 「でも、まぁ、不正じゃなくて良かったよな」 「はあ?そんな生ぬるいこと言う?先輩らしくないな。自宅待機中に何かあった?」 海斗の作ってくれたカレーを何度もおかわりした。お腹がいっぱいになった後は、どうなるか知っている。 睡眠欲だ… 「先輩?眠い?寝ていいよ?俺のベッド広いでしょ?そこに入ってて。俺は先輩の部屋をもう一度掃除してくるから」 「そんなんいいよ、部屋に帰る。眠い…俺さ、一度寝たら、なかなか起きないから。ご馳走様でした」 うとうとしながら立ち上がると、海斗がサッと手を引きベッドまで連れられた。大きくて幅広く、フカフカなベッドにポスンと横にされると気持ちがいい。 「ほら、大丈夫だよ、ねっ。起きたら何する?明日は俺も仕事休みだからさ」 「俺は…起きたら…やることがある…」 「えっ?何?もう寝てんの?なんだって?何するの?先輩?」 ベッドで海斗に抱きしめられているなぁとわかっているが睡眠欲には勝てないため、瞼が落ちてきている。 ものすごく眠いが、質問には答えなくては… 「やること…オナニー…」 「そっか…」と、海斗の楽しそうな声が聞こえたような気がした。 経理部のエース、今は自宅待機中の蓉は正直に答えてストンと気持ちよく眠りに落ちた。

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