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第9話 蓉

「おはようございます」 朝の朝礼が行われている。 ここは、モンジュフードマーケット黒目(くろめ)ヒルズ店。開店前のスーパーに入るのは人生で初めてなので、ちょっとワクワクしている。 「今日から、この店に配属された芦野(あしの)(よう)くんだ。わからないことだらけだと思うので、みんなで色々と教えてあげて欲しい。蓉、自己紹介して」 黒目ヒルズ店の店長である下野(しもの)から自己紹介を促された。 「おはようございます。本日付で黒目ヒルズ店に配属なりました、芦野蓉と申します。これまで所属していたのは、経理部でした。今までと仕事の内容は異なる部分が多いですが、一日も早く戦力となれるよう努力して参ります。よろしくお願いします」 制服は無いが、白シャツに黒パンツで来るようにと言われている。その格好の上にMonge Foods market と書かれているエプロンを着けた。エプロンは店からの支給となる。 「蓉…お前、挨拶堅いな。特技とかないのかよ、そういうの言えよ。挨拶なんだから」 下野にフラれ従業員の皆さんから「あはは」と笑い声が立つ。和気あいあいとした雰囲気を感じる。 「特技?ですか…特技じゃないですけど、めっちゃ大食いです」 蓉が砕けたような口調で、ほぼ下野に向かって答えると四方から「えーっ!」「おお!」と声が入り「大食いってどれくらい?」「そんなに細いのに?」と、質問も上がる。 「そうですね…昨日の夜は、明太子のパスタと冷凍ピザ、カツ丼とおにぎり三つにオムライス、それとトースト2枚と…サラダにウインナーと、あっコーンスープもありました」 「すごい!」という声と「食べ過ぎでしょ!」「食費が!」という笑い声がお客様がいないスーパーの中に響いた。急にみんなと距離が近くなった気がする。 「でも、こんなにイケメンが来てくれたから、目の保養にいいわ。店長、ありがとう!」 「だよね、店長だと、ごっついからねぇ」 「独身?うちの娘の彼氏にならない?」 次々と蓉に声がかかる。従業員の女性は全員主婦だという。男性の方は、大学生とシルバーの人が多く、こちらも和気あいあいとしていた。 蓉や下野の年代はいなく、女性は少し年上の主婦たちであり、男性は大学生からお父さんより更に上の年までと、幅広い年代の人たちが揃っている。 「ええっ、なんだよ。俺だって独身だぜ。蓉よりいい男じゃないか?俺の方が」 「店長もワイルドでいいけど、蓉くんみたいな細くてカッコいい子が今はモテるからね〜」 と、従業員のお姉様方に軽くあしらわれ、朝礼は終了した。 朝礼では下野からのフリもあり、みんなとすぐに打ち解けることができた。下野の、この辺のコミュニケーションは絶妙に上手い。さすが、営業部でバリバリやってきただけあるなと感じる。 「じゃあ、俺の仕事を中心に案内するから、とりあえず一緒に仕事を覚えろよ」 「下野さん、よろしくお願いします」 蓉は丁寧に頭を下げた。 黒目ヒルズ店に初勤務をして三日間は、下野に付いて仕事を教えてもらうことになった。 店長の仕事はハードだと感じる。従業員の管理や、販売する商品のチェック、それに加えて、この地域のお客様のニーズを把握することも重要な仕事だった。 顧客を増やし売上アップにつなげる。そのためには、目を引く企画や広告も必要だし、店内の陳列状況や衛生状態にも目を配らせないといけない。 売れ筋商品をチェックして発注したり、従業員のシフト組みもする。忙しい時間帯では、人手が足りなくなるので、店内に出回って各担当のフォローをしたり、その都度、従業員たちとコミュニケーションを取ったりしていた。 ◇ ◇ 下野と一緒に仕事をし、覚えたりしていると、一日が終わる。気がつくと初日から三日間が、あっという間に終わっていた。 「蓉、明日と明後日は休みだろ?その後、来週からはシフトに入ることになるからな、今のうちにゆっくり休んでおけよ。つうことで、遅くなったけどこれから歓迎会やるか。おばちゃんたちは来れないから、俺とお前と、あとは…ほら、あそこにいる奴の三人で行こうぜ」 ほら、と下野が指をさした方を見ると、海斗が突っ立って待っていた。会社帰りのようでスーツ姿だった。 「海斗がお前のことが心配らしくて、何度も俺に連絡してきたぞ」 下野が腕を組みながら笑って海斗を見ていた。噂をしているのに気がついたのか、こっちを向いた海斗は、蓉と目が合った瞬間走って近づいてきた。 「先輩!仕事終わった?大丈夫?毎日、心配だよ」 「なんでだよ!何も心配なんかないだろ。しかも毎日一緒にいるじゃん!」 家に帰れば毎日一緒にいる。夜ご飯を食べて、セックスして寝て、また朝にセックスしてご飯を食べて出勤している。 何も変わっていない。自宅待機中の頃に比べて、食べる量も寝る時間もセックスの回数も、全て少なくなってはいたが、中身は何にも変わっていなかった。 「海斗、そんなに蓉にべったりで、嫌がられないか?」 「全く嫌がられる要素はありませんね」 下野から、揶揄われても気にすることなく、堂々と海斗は答えていた。 「すげぇ自信だな、お前…よし、じゃあ、三人で歓迎会やるか。行くぞ」 そう言い歩き出す下野の後を、蓉と海斗はふざけながら付いて行く。 体を動かして仕事をする楽しさを少し知った。

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