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第13話 蓉

「お前らな!学生じゃねぇんだから、ふざけたことばっかりしてんなよ!いい加減にしろ!」 海斗と二人でスーパーの店内でふざけていたのがバレてしまい、下野に怒られた。30歳を過ぎた男と、まもなく30歳になる男の二人が怒られる内容ではない。 店長室に呼び出しされ、下野にめちゃくちゃ怒られ「すいません…」と、海斗と二人でシュンとし反省をした。それが、数週間前の出来事であった。 「ねぇ先輩。あの時、何でわかったんだろう…」 「お前、知らないの?店内の監視カメラに写ってるモニター見てんだよ。店長室にあるじゃん」 「げっ!モニターなんてあったっけ?」 「あるよ。お前の行動なんて、下野さん全部見てんだよ。海斗が来てるぞ!とか言ってるから。だから、俺らの行動なんて丸見えだったんだろうな…あの時、めっちゃ怒ってたよな」 明日は久々に海斗と休みが一緒になった。 最近二人が知り合いになり、仲良くなった人の家に明日は招待されている。二人そろってお邪魔する予定だ。 明日は休みだし、休みの前の今日は、蓉の部屋で性欲を全解放していた。とはいえ、以前、蓉が自宅待機中の時は、休憩する暇もないくらいやりまくっていたが、最近は濃厚なセックスを一回またはニ回くらいして、その後はずっとベッドの中で喋っていることが多かった。 「岸谷(きしたに)さんって、あの会社の社長だって知って、びっくりした。海斗、知ってた?」 「うん。どっかで見た顔だなぁって思ってたから、あっそっか、って感じだけど」 そう。明日はその岸谷という人の家に、海斗と二人で遊びに行く。 岸谷との出会いは、蓉の職場である黒目ヒルズ店のスーパーだ。岸谷はスーパーによく来るお客様である。 黒目ヒルズ店のカレーコーナーは充実している。レトルトカレーもあれば、カレー粉も数十種類あり、カレールゥもたくさん揃えていた。そのカレーコーナーの前で、両手にカレー粉を持ち、鬼のような形相でそのカレー粉を睨みつけている男がいた。それが岸谷(きしたに)優佑(ゆうすけ)という男だった。 鬼の形相を見てギョッとした蓉が「何かお探しですか?」と声をかけたのがきっかけで、岸谷と蓉、それとそこに偶然いた海斗の三人は仲良くなった。 岸谷は黒目ヒルズ店の近くに、恋人と二人で住んでいるという。 カレーコーナーの前で鬼の形相でいたのは、その恋人にカレーを作ってあげたいが、何を買って帰ればいいのかわからず、途方に暮れていたと岸谷本人は言っていた。カレー粉を睨みつけていたのは意味不明ではある。 その時は、偶然店にいた海斗のアドバイスでカレーに必要な食材を教え、作り方を教え、あれこれと岸谷のカートに入れてあげた。ついでにオリーブオイルも欲しいというので、あの営業第二部が力を入れている新商品のオリーブオイルも、カートに入れておいた。 数日後に今度は恋人らしき人と一緒に岸谷がスーパーに来たので、たまたまその時もスーパーに来ていた海斗と二人で岸谷の後を店内で追っていたら、買い物中の岸谷が急に恋人に向かい愛の言葉を囁いた。 「好きだ!玖月(ひづき)!」と岸谷が隣にいる恋人らしき人に向け大声で言ってるのを偶然聞いてしまい、海斗と二人で顔を見合わせ爆笑してしまった。 だって、この前は鬼の形相だった男が、今日はデレデレ、ニヤニヤな顔で来て、大声で急に「好きだ!」と言っているのは、控えめにいってバカバカしく、大人のくせにと思えば思うほど、めっちゃくちゃ面白かったのだ。 しかも、言われた方の恋人は、買い物に夢中のようで聞こえていないのか、岸谷の言葉をスルーしている。 だから、こっそり隠れて岸谷を見ていた二人は、笑いが止まらなかった。 だけどその時の様子を、モニター越しで下野に見られており、その後すぐ店長室に呼び出され、めちゃくちゃ怒られてしまった。お客様の前で失礼な態度はするな!いい加減にしろ!と。 岸谷から「好きだ!」と言われ、玖月(ひづき)と呼ばれていた人は、やはり岸谷の恋人であった。その後、スーパーの店内で蓉と海斗は岸谷から正式に紹介された。 その後もスーパーで何度も会い、話をしているうちに、今では玖月の方ともすっかり仲良くなっている。 岸谷に「あの時は、カレーコーナーで助けてくれて、ありがとう。今度、うちに遊びに来いよ」と言われていたので、海斗と二人で明日、岸谷の家に行くことになっていた。 岸谷は、今めちゃくちゃ流行っているお酒の会社を経営している社長だった。黒目ヒルズ店でもそのお酒を販売しており、人気がある。よく品切れになっていて、最近では入荷も困難であった。 下野も岸谷の存在は知っていたようなので、岸谷と知り合った経緯を伝えたが「だからといって失礼なことをするな」と、更に釘を刺されていた。 「玖月(ひづき)さんがさ、あの新しく発売したオリーブオイルをSNSにアップしてくれてさ、そしたらすっげぇ売り上げが上がったんだよね。やっぱSNSすごいね。蓉さん、知ってる?」 「ああ、あの岸谷さんと玖月さんのSNSだろ?人気なんだよな、フォロワーがめちゃくちゃいるじゃん。インフルエンサーってやつ?玖月さんのSNSはすげぇよな。しかしさぁ…あの二人リアルでもSNSでも、ずっとイチャイチャしてんじゃん。大人なのによくやるよな」 岸谷の恋人である玖月は男性である。 初めて紹介された時はかなり驚いた。お付き合いしている人が同性同士なのは、周りにはいなかったからだし、二人が実にあっけらかんとしていたからだ。 岸谷は堂々と「俺の恋人の玖月だ」と胸を張って言い、玖月の方はそれを聞き恥ずかしそうにしているものの「よろしくお願いします」とご丁寧に挨拶してくれて、その後は、ウフフあははオホホと、二人の世界に入り込み、いちゃつき始めた。 その時の海斗は、驚きもせず「ふーん」と言い興味はなさそうにしていた。 蓉は驚いたが、岸谷の「いいだろ!」と自慢げなドヤ顔に笑ってしまい、嫌な感じは特になかった。 それよりも、そんな岸谷と玖月はお似合いのカップルだと思った。同性同士としても微笑ましくはあり、すんなり受け入れていた。今では同性カップルだからというより、イチャイチャの方が恥ずかしくて気になっているくらいだった。 「岸谷さん、どうだったかな…」 「何が?」 海斗がガバッとベッドから起き上がり、上からジッと蓉を見つめてくる。 「ほら、お前に緊急電話した時あったじゃん。岸谷さんがめっちゃ落ち込んでてさ、この世の終わりみたいな顔してたんだよ。玖月さんとケンカしてたみたいだし…あの時、玖月さんの好きなアイスをいっぱい買って帰ったけど、仲直りできたのかなぁってさ…どうだったんだろうなって、ちょっと思って」 「ふん、大丈夫でしょ?明日、俺たちが岸谷さんの家に遊びに行くんだし。さすがにもう仲直りしてるよ」 「まあ、そりゃそうだな」 なんだそんなことかと、一度起き上がった海斗はまたドサっとベッドに横になっている。シングルのベッドは二人で寝ていると狭い。海斗が無駄に大きいから尚更だ。 岸谷が落ち込んだ顔でスーパーに来たことがあった。この世の終わり、絶望的、みたいな顔をしていたのを思い出す。 いつもはイチャイチャとしながら玖月と二人で来るのに、その日はひとりでボケーっとして店内に突っ立っていた。 蓉が思わず岸谷に声をかけたが、岸谷は玖月は家にいないと言い、何を買っていいかわからないと、情けない顔で言っていた。 おいおい、ケンカしたのかよ、大丈夫かよ…スーパーに来てんのに、何買っていいかわかんないとか、どうかしてんなと、蓉が心配し岸谷の状況を、本社にいる海斗に電話で説明をしたことがあった。 海斗のアドバイスで、玖月の好きなアイスを買っていけばきっとケンカも収まり、仲直りできるはずと岸谷に伝え、アイスを目一杯買い岸谷は帰宅したが、あの後どうなったのか蓉は心配していた。 いつもイチャイチャしている人でも、ケンカするなんて恋人って大変なんだなと。それに社長なんて肩書きもある大人なのに、恋をするとウキウキしたり落ち込んだり、忙しいんだなと思っていた。 「玖月さん、あのアイスも美味しいって言ってくれてさ、あれもSNSにアップしてくれたんだよね。そしたらまた売り切れになってさ…やっぱ玖月さんのSNSすげぇな」 「あのバニラアイスだろ?あれって岸谷さんの会社の酒に合うって、お前言ってなかったっけ?」 「ああ、うん…そう。わかってて、進めたんだ。岸谷さんとこのお酒と合うから食べてみてくださいって、そしたら玖月さんから美味しかったって、また何か教えて欲しいって連絡もらってさ」 「明日遊びに行く前に、店によってなんか買って行こうぜ。おすすめするやつ、考えとけよ海斗」 隣で海斗がウトウトとしている。今週は仕事が忙しかったようだから疲れているんだろう。寝かせてやりたいなと思うが、蓉のベッドは狭いから窮屈じゃないかと心配になる。 「先輩?大人でも恋して、気分が上がったり下がったりするのって変?」 岸谷のことであろう。大人が恋をした気持ちとやらを、言い始めた海斗は半分寝ているようであった。 「えっ?何だよ急に…どうなんだろうな。岸谷さんとか玖月は特別なんだろうか。俺は、恋してないからわかんないけどな…えっ?なに?もしかしてお前、恋してるの?」 「…どうだろう。好きな人に想いが伝わらないって…つらいかな…だけど好きな人と一緒だと気分は上がるし。俺、なんかもう、わかんないや…」 海斗にもそんな相手がいるのだろうか。全く気がつかなかった。 以前からよく一緒にはいるが、ここに引っ越してからは常に一緒にいる。生活を共にしているという感じだ。 それなのに、海斗にそんな人がいたなんて、初めて知ることだ。衝撃だった。 隣にいる海斗を見るともう寝ていた。 そういえば、海斗の寝顔を見るのは初めてかもしれない。

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