14 / 46
第14話 蓉
経理部の部長に頻繁に連絡をしていた。今までのこと、これからのこと、その他諸々。
経理部に戻りたい。その後どうなんでしょうかと、つらつらメールで連絡をしているが、今のところ部長からはスルーされているので返信はない。
こんな関係だっけか?と、首をひねる。蓉はもっと腹を割って話をしてきたつもりだったが、相手はそこまでではなかったのかもしれない。残念で仕方ないが、この方法で伝えていくしかない。
それと、本社IT部門にスーパー店舗のレジをシステム開発して欲しいというお願いもしていた。店舗でレジを使う人は主にパートさんたちである。その主となる人たちが、レジを使う時に、不安がっているということをわかって欲しいと訴えていた。
経理部の部長からは、メールをスルーされているが、IT部門からはすぐに連絡がきていた。
大々的に現場のレジをシステム開発しようと、IT部門は考えていたらしい。だから、一度本社で打ち合わせをしよう、詳しく話を聞きたいと、かなり前向きな連絡をもらっていた。
「蓉?今、大丈夫か?俺…」
今日は休みだった。平日なので海斗は会社に出勤している。だからひとり部屋でボケっとしていた。最近、三大欲求の方は影を潜めており、全体的にそこそこで満足していた。今も何もせず、ボケっとテレビを流し見している。そこに下野から電話がかかってきた。
「下野さん?あ、大丈夫ですよ。どうしました?」
「休みのとこ、ごめんな。なんかさ〜お前に会いに可愛い女の子が店に来てるぞ?何だよ〜、彼女か?おいっ」
「はあ?誰ですか?俺、付き合ってる人いないって知ってるじゃないですか」
「え〜っ?本当にぃ?うんうん、まぁ隠したくなるのかもな、シャイだもんな、お前。でもさ、どうする?まだ店にいるぞ?何か伝えとくか?」
女の子が蓉を訪ねて来ているというが、心当たりは全くない。とりあえず、今から店に向かうから待っててもらうように、下野にお願いをした。
蓉の自宅から、電車で二駅のところに黒目ヒルズ店はある。着替えてすぐに店に向かった。
平日の午前中だからスーパー店内はお客様も少ない。どこの誰が訪ねて来たのだろうかと、蓉は店の中をキョロキョロと見渡すと、知ってる後ろ姿を発見した。
蓉を訪ねて来ていたのは優香 だった。
「寺内 さん?どうしたの、びっくりした。俺を訪ねて来たの?」
「あっ、芦野 さん…」
久しぶりに会った優香は、少し髪を切ってスッキリとしていた。
黒目ヒルズ店の外に小さなカフェがあるので、優香をそこに誘う。カフェはオープンテラス席しかないけど、今日は天気がいいからテラス席は気持ちがよかった。
「俺がここで働いてるってよくわかったね」
「うーん、あのバカ男が教えてくれた」
「はあ?バカ男?」
「そう、バカ海斗」
海斗も優香のことを『バカ女』と呼んでいたのを思い出す。
「…えーっと。海斗がどうした?あれ、何だろ。何か用があったんだっけ?」
「ねぇ!芦野さん、いつ経理部に戻って来るの?いつまでこんなとこで働いてんの?早く戻ってきてよ。それを言いにわざわざ私はここまで来てんのよ!」
優香の剣幕に押されてしまう。
蓉が陸翔と優香に向かい、キツい言葉を投げつけた後、蓉は自宅待機となったが、優香は自主的に休みを取っていたという。海斗にそう聞いていた。
「あの時さ…あったまきてパワハラだ!とか泣いて喚いたけど、本当は、お前がちゃんと私に教えないのが悪いんだ!って芦野さんのこと恨んでたんだ。それで、もうこんな会社辞めてやる!って思って、私、あのまま会社を休んでたの。だけど…休んでる時も芦野さんから言われた言葉を何度も思い出して…悔しくて悔しくてたまらなかった。それで、もう一言、芦野さんに文句言ってやろう!って思って会社に出勤したら、もう経理部にいないんだもん!私が文句言うために、もう一度経理部に戻りなさいよ」
ぷうっと膨れっ面して、めちゃくちゃなことを言っている優香の姿は、初めて見るようだった。こんなタイプだったけ?と蓉は唖然としていた。
確かに、話が伝わらない天然さんだと思っていたけど、こんなにストレートに、もの言う人だとは初めて知って、笑いが止まらない。
「あっははは。寺内さん、面白いね?こんな人だったんだね。ウケる…」
「はあ?何よ!それ!私なんてね、本当は昔から敵ばっかりなのよ。だから天然キャラ作ってないと嘘でも彼氏も出来ないし、友達も出来ないのよ。ああ、でも、天然キャラでも会社には友達はいないけどね。ほら、私ってお嬢様じゃない?だからみんな腫れ物に触るように扱うのよね。それに、まあ、みんなより私は明らかに可愛いし?家もそこそこ大きいし?単純にみんな私が羨ましいのかもね」
「マジで、ウケる…今のキャラの方がいいよ。傲慢キャラっていうの?」
あはははと大声で笑ってしまった。その間、優香は蓉を睨みつけていた。
「でもさ…俺、ここの店舗に異動になったんだ。だから経理部に戻るのは無理だよ」
「そんなの知ってるわよ。あのバカ海斗が教えてくれたから。ついでにアイツこんなことも言ったわ。お前がどれだけ人の人生を狂わせたかわかってるかって。お前の自分勝手な行動でみんなが迷惑してるって。ムカつくなら俺のこともパワハラで訴えてみろよ!って…ランチで使ってた5階のコミュニケーションスペースで言われたの。みーんな見てた。あの男、わざとみんなの前で私に仕掛けてきたのよ。みんなが見てる前で、あの時のこと言ってきたからね。おかげで猫かぶりしてたのがバレたわ、思いっきり言い返したから。それもあの男の計算だろうけど。じゃなかったら、あんな多くの人がいる場所で仕掛けてこないわよ。あー思い出してもムカつく。あの、バカ海斗!」
多くの関係ない人たちの前で、陥れたと優香は言う。計画的に罠を仕掛けてきた海斗に、まんまと引っかかったと自分のことを鼻で笑っていた。
「そんなの大袈裟だよ。別に人生が狂ったわけじゃないし…今も楽しいけど?現場のスーパー勤務も面白いよ」
「それじゃ、困るのよ…経理部、今すごく大変。芦野さんいないし、部長も何だかふわふわしてるし、支えてくれる人がいない。私はいつミスしてもおかしくないし、ミスしてもまた腫れ物に触るように扱われるだけってわかってるし…だけど、誰にも確認出来ない。みんな忙しくて、ずっと緊張状態なんだもん。ちょっと、何か起こりそうで怖いって思ってる」
「そうか…でも、寺内さん凄いね。頑張ってやってるのが伝わってくる。案外、冷静なんだね…あのさ、あの時ごめんね。もっとよく寺内さんに教えてあげてればよかったって本当に思ってる。今の経理部のような状態を作っちゃったのも、俺のせいだと思うよ。もっとさ、ちゃんとみんなに教えてあげていれば、こんなに寺内さんとかみんなを不安にさせなかったと思うんだ。俺さ…料理しないからスーパーで売ってる調味料とかってよくわかんなくてさ、今、この店舗に来てるお客様に聞かれても全くわかんなくて…本当、ポンコツなんだ、俺。だけど、パートさんたちが何度も教えてくれるんだ。結構根気良く教えてくれててさ…だから、俺もそうやって教えてあげていればなぁって、今更ながら反省してる」
スーパーの従業員たちは、初めて勤務する蓉に色々と教えてくれていた。同じことを何度も間違えることもあるのに、嫌な顔せず根気良く何度も教えてくれる。それって凄いことだと、蓉は実感していた。
「人ってさ、覚える速度がそれぞれ違うじゃん。得意なことも違うしさ。それを、俺はわかってなかったなぁってさ」
「違う!やめてよ!そうじゃない。勝手に反省しないで、完結しないで。謝って欲しくて私はここに来たんじゃないから!お願い、戻ってきて欲しい。芦野さんが本当に経理部に必要だと思う。何か起きる前に、芦野さんが立て直せばいいんだよ」
「寺内さんがそう言ってくれるのは、ありがたいけど…こればっかりはね」
「まあ…そうよね。会社が決めたことだもんね。ここまで来たのも、無駄足かぁ…でも、お前も出来ることはやれって言われたのよ、あのバカ男に。ムカつくけど、それだけはいいこと言うと思ったわ。とりあえず、あなたが帰ってくるまで、少しは成長しておこうかと私は思ってる」
会社は辞めない、居心地悪くても辞めないからと優香は強気で言っていた。そして、蓉を待ってるとも言ってくれている。
これから会社に向かうと言う優香を、駅まで送ってあげることにした。
「こんな所で働いてたら、本社が懐かしくなるでしょ?本社に来ることないの?」
「あっ、あるよ!実は明日、本社に呼ばれてるんだ」
「えっ?明日?」
「うん、スーパーのレジのシステム開発で、ちょっと話が聞きたいって言われててさ。朝からIT部門の方に行くんだ」
「えー?そうなのー?じゃあさ、明日、ランチしようよ。お昼に連絡してよ」
似てる…優香と海斗は何だか似ている。
優香は海斗と同じでグイグイくるタイプだとわかり、ちょっと面白くなってしまった。
優香とは、明日のランチを約束し、駅で別れた。
海斗が家に帰ってきたら、優香とのことを話ししようと思っていたが、その日海斗の帰りが遅くすれ違ってしまった。
最近、海斗の忙しさと、蓉のシフト勤務によって、会えない日がポツポツと続いている。
家の鍵はお互いがそれぞれ持っているが、海斗の家にいる理由もないので、蓉は自宅でひとりで寝ている。
ひとり部屋で寝ている時、何となく海斗がそばにいる気がする。
だけど、あれは気のせいだとわかっている。
ともだちにシェアしよう!