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第23話 蓉
気がついた時には、三大欲求が人よりも強くなっていたようで、休みの日は食欲、睡眠欲を思う存分発揮していた。
そして性欲も人並以上ある。
いや…あったはずだ。
耐久レース並にオナニーが出来ていたはずなのに、海斗からの本気のセックスを受け、何度もイかせられて、立てなくなってしまった。
初めて性欲で人に負けたと感じる。いや、勝ち負けなんてないのはわかっている。だが、悔しいが海斗には負けたと思った。
絶倫とは海斗のような人。蓉の性欲なんて、かわいいものだったのかもしれない。
「先輩?ご飯できたよ。こっち来れる?抱っこしようか?」
肌がツヤツヤ、元気ハツラツ、全身で満たされまくりといっているような海斗に声をかけられる。
「うん、今いく…痛てて…」
腰の痛みに気がつく。ノロノロとベッドから降りてテーブルまで行くと、途中に美味しそうな匂いが鼻についた。ウインナー?違う、これはベーコンを焼いた匂いだ。
「先輩、大丈夫?歩ける?ソファに座れる?クッション置こうか…」
昨日は、海斗と気持ちを伝え合ってから初めて恋人としてのセックスをした。
焦らされていた『お仕置き』の時間を超えてやっとセックスが出来たが、今度はセックスを止める時がわからなくなり、朝になったのも気がつかず二人で盛ってヤリまくっていた。
最後は蓉が「もう、終わりにしろ!」と海斗に言い、それを聞いた海斗は渋々「じゃあ、あと一回ね」と口を尖らせて言っていた。おかげで腰が抜けて立てなくなり、シャワーを浴びるのが大変だった。その後、海斗の部屋に移動するのは、もっと大変だった。
「じゃあ、いっただきまーす。お腹空いたよね。ずっとセックスしっぱなしだったから…おかわりあるよ?他にも何かリクエストある?すぐ作れるから」
「お前さ…何でそんな元気なの?数時間しか寝てないじゃん、バケモンなの?今日が休みでよかった。こんなんじゃ、スーパーで仕事なんてできなかった…それに、キスマークはもうつけるな。誰かに見られたらって思うと、ビクビクしちゃうんだよ」
「えーっ…いいじゃん、誰も見てないよ」
と、キスマークに反対する蓉の言葉に、海斗は合意してくれない。
ベーコンは美味しい。海斗は相変わらず料理が上手だ。二人でまたこんな生活ができるのが嬉しい。
同じ生活だが、以前と違うのは二人の気持ちが通じ合ったこと。だから同じ生活のようで、実は全く違う生活をスタートさせたのかもしれない。
「この後、ベッドで寝てていいよ?俺があっちの部屋の掃除と洗濯もしておくから。ほら、夜は何時だっけ?19時?18時?」
今日は下野と夜ご飯の約束をしていた。海斗も一緒である。蓉が経理部に異動となるので、送別会をすると言ってくれた。
「えーっと、19時だな。この前の店で待ち合わせだって。だから、それまで俺も掃除するよ。あっちのベッド見たくないよな…すごいことになってそうだもんな」
食事、睡眠は海斗の部屋、性欲は蓉の部屋と、その辺の役割分担は相変わらずだった。
あっちのベッドとは、明け方まで睦あってた蓉のベッドだ。二人の痕跡を見るのも恥ずかしい。
「俺さ…もっと広い部屋に先輩と一緒に住みたい。理想は岸谷さんほどの家だけど、家賃がアホみたいに高いから無理じゃん。だけどさ、いちいち部屋を出て隣に行くのは面倒だよ。それにユニットバスは一緒に入れないからマジで嫌だ」
「何言ってんだ?お前は。契約更新するまで俺はここに住む。広い部屋に住みたければひとりで行け。それに、風呂は俺ひとりで入りたいから、今のままで十分だ」
「えーっ…」
食べる手を止めて不服そうに蓉を見ている海斗と目が合って、思わず笑ってしまった。欲求や気持ちなど海斗はストレートに伝える。そんな海斗が好きだ。
お風呂は一緒に入ってみたいとまだ言う海斗の言葉を無視して、蓉はご飯を食べ続ける。食欲も以前のように戻ってきたのを感じる。
来週から本社勤務となるので、その前の休みは今日と明日だけ。スーパーへ出勤していた時は私服にエプロンだったから、今日はスーツを出したり、準備をしておきたいことがたくさんある。
食事が終わった蓉は、食器を片付けて自分の部屋に戻ろうとしていた。立ち上がると少し重く痛む腰をさすりながら玄関に向かうと、後ろから海斗も着いてきていた。
「先輩?あっちに帰る?俺も行く」
「いいよ、お前はここでやることあるだろ?洗濯とか」
「大丈夫!洗濯は終わってるし、俺もそっち行って掃除するから、先輩は好きなことやってて!」
押しの強い海斗が先に部屋を出て行った。
洗濯が終わっているとは、いつの間に洗濯をしていたんだ。コイツはやっぱりバケモンだなと、蓉はウキウキしている海斗の後ろ姿を見ていた。
◇ ◇
「よかったな、経理部に戻れて。明後日からだろ?」
下野が送別会を開いてくれた。送別会といっても、海斗を入れて三人だ。歓迎会の時と同じメンツで同じ店である。
あっという間に過ぎたスーパー勤務だったけど、下野と一緒に働けて学ぶことも多かった。
「下野さん、ありがとうございます。配属先が下野さんのところで本当によかった。スーパーでの仕事は、みんなに迷惑かけてばっかりだったけど、現場の人の気持ちとか、お客様の求めてることとか、少しわかったような感じです」
「仕事はしっかりやってくれてたけど、プライベートはあんまり遊べなかったろ。もうちょっと遊べばよかったのになぁ。本社に戻ったら忙しくて遊べないだろ?」
カカカッと相変わらずの笑い声を下野はあげ、ビールを美味しそうに飲んでいる。
「遊べばって…そんな遊ぶことなんてないですよ。本社にいてもここにいても、変わりなかったです」
「俺はもっと先輩と遊びたかった。旅行とか行ったりさ、したかったのに…経理部に戻ったら遊べなくなるじゃん。あっ、でも休みは一緒か…土日休みだもんね。それはよかったな」
「何言ってんだ?お前の希望じゃん、それ」と、海斗を小突きながらも、熱々のピザを頬張る。
食欲が戻ってきたし、昼はゆっくりできたから最高にお腹が空いている。身体も回復してきているので、朝感じた痛みや重さはなくなってきている。
イタリアンバルでは、事前に下野がお願いしてくれたようで、店のマスターから「今日はいっぱい食べてください」と言われていた。
メニューを見ることもなかったが、ボリューム満点なものを出してくれている。蓉の大食いは店に知られているようだった。
「そういえば、お前ら仲直りしたんだな。最近ずっとケンカしてただろ。子供じゃないのに、海斗は蓉のことが気になって、スーパーの中で隠れて蓉を見てたもんな。思い出しただけで、笑える」
あっはははと下野は爆笑している。
「えっ?海斗、スーパーに来てた?なんで声をかけなかったんだよ。いつも声をかけるくせに」
「だって…ほら、先輩に避けられてた時で、俺も先輩のこと諦めようとしてたから…その後すぐ俺の仕事がちょっと忙しくなっちゃって、なかなかスーパーにも行けなくて…」
海斗がボソボソと下を向きながら、蓉にしか聞こえないような小さい声で言う。
蓉のことを諦めようとしたが、諦めきれず姿だけでもと思い、勤務していたスーパーまで見に来ていたらしい。かわいい奴だ。
「あれ?つうかさ!なんで下野さんは、俺が先輩のことを影から隠れて見てたって、知ってんの?下野さんだって、俺のこと隠れて見てたんじゃないの?」
膨れていた海斗は顔をあげ、急に声を張り話しを始める。自分のことを棚に上げ、下野の行動に矛先を変えている。
「違うよ、海斗。アレだよあれ。店長室にあるだろ?アレで見られてるんだよ」
「えっ…ああ!アレ?うわーっ、ヤバっ。下野さん、監視カメラで見てんだ」
スーパー店内には、あらゆるところにカメラが配置されているので、店長室にあるモニターにはカメラに映る映像が、どこの角度からも確認が出来るようだ。
「そうそう。海斗はなぁ、必死だよなぁ。知ってるか?あのカメラ、凄く高性能だから表情も鮮明に映るんだよ。お前は…あははは、よかったな、蓉と仲直りできて」
「ひでぇ、ずるいよ!アレはそうやって使う物じゃないじゃん…」
笑いの止まらない下野を横目に、蓉は考えていた。海斗と恋人同士になった、蓉も海斗を手放さないでよかったと。
海斗の一直線な思いは真似できない程だ。
蓉に対する想いは真っ直ぐで揺るがない。
ここ数日の海斗には、特にそう感じる。
それに仕事に対しても、海斗は気持ちいいくらい真っ直ぐだ。
これからも一番近くでそんな海斗を見ていたいと、蓉は思っていた。
「ま、よかったな。お前が羨ましいよ、海斗。それより、蓉はこれから頑張れよ」
そういえば、下野が営業部からスーパーの店長として異動した理由を蓉は知らなかった。噂は色々とあったが、本当のところはわからない。下野もいつか本社に戻って来るのだろうか。
「下野さんは、いつ営業部に戻って来るんですか?」
海斗が蓉の考えていたことを口にした。
怖いもの知らずというか、何というか、海斗は聞きづらいことを相手が誰でも、ひょいひょいと聞ける傾向がある。しかも、相手を嫌な気にさせずに聞ける術を持っている。
「えっ?俺…?俺かぁ…うーん、俺はとりあえず、今のままでいいかな」
「えっ?なんで?下野さん本社に戻りたくないんですか?」
下野の答えに驚き、咄嗟に蓉も下野に質問をしていた。下野と一緒にスーパーで勤務している時もずっと、本社に戻ってバリバリ働いて欲しいと蓉は思っていた。
下野ほどの人が営業部や経営企画部にいれば、会社は活気が出ると本気で望んでいたからだ。
「そうだよ。そもそも何でスーパー店舗に異動ってなった後、本社に戻りたいって望まないんですか。営業部に戻って、部長やってくれればいいのに。俺はまだ下野さんに教えてもらいたいこといっぱいあるのに」
こんな時の海斗は、目を逸らさずに相手を見るのを蓉は知っている。多分、海斗は下野がスーパー店舗に異動となった理由を知っているのだろう。蓉はそう感じていた。
「そんな大袈裟だろ。俺はなぁ…そんなじゃないよ。ただ、営業部には戻らない…うん、そう、戻らないな」
清々しいほどキッパリと下野は言っていた。だから、蓉も海斗もそんな下野をただ見ているだけだった。
「俺は本社には戻らないけど、お前らは本社勤務になるし、これからはお前らが頑張る世代だろ?」
「まぁ、そうですけど、やっぱり頼もしい上司は近くにいて欲しいって思いますよ」
蓉が下野にそう伝える。弱気な発言かもしれないが、本心だ。今回の蓉のように、ちょっと人と違うことをしたり、発言したりすると異動させられるのはやはり会社として問題だ。
異動したくなかったらビクビクとし、発言もできないまま過ごすしかなくなってしまう。それに、そんな噂が社内に広がるのもどうかと思う。
「先輩が巻き込まれたアノ事件の時もそうですけど、その場しのぎの対応をする人が一定数いるんですよね。人の顔色伺うっていうか…それじゃ、どうやっても解決しないのに。だから下野さんみたいな上司がいてくれたらなぁっていう、先輩の意見は俺もわかりますね」
海斗にも蓉の気持ちはわかるのだろう。会社は大きい、だから色んな人がいる。それでいいんだけど、人によっては理不尽だなと感じてしまうこともある。
「蓉は経理部のエース、海斗は営業部のエースって言われてるんだろ?それに部下や後輩がいる立場だ。だから、お前らがこれからやればいいんだよ。いいか、偉くなれ。お前らが偉くなるのが近道だ。今回のようなミスが起きないように、お前らの後に続く人のためにも、道を作ってやればいいんだ」
ひとりじゃ出来ないけどな、二人なら出来るだろう。それに同じことを考えてる奴はいっぱいいる。そいつらを巻き込めと、下野は言う。
「一定数いるアホみたいな奴らは、俺たちで変えていけってこと?そんなの大きな話だよ。アホはいっぱいいそうだし」
「マジかぁ、できるかな…まだ想像つかないけど。つうか、俺たちもアホみたいなもんだしな?なっ海斗」
明後日からの仕事に繋がるだろうか。
「俺もそんな偉そうなこと言える立場じゃないけどな。まっ、なんかあればまた一緒に飲もうぜ」
下野は清々しくそう言ってくれた。
すいませーんと、海斗が店員に声をかけている。改めてビールをオーダーし、下野が蓉の異動に乾杯してくれた。
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