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第25話 海斗
関西に到着し、契約企業と一日かけた打ち合わせが終了した。話し合いがかなり必要かと思っていたが、意外と拗れることなく契約をまとめることができた。
関西では老舗といわれているスーパーマーケットを経営している会社に、株式会社モンジュフーズの新しい自社商品をプレゼンし、無事契約を結ぶことができた。
この会社は、元々陸翔 が開拓した会社であった。陸翔は、最初の契約の時に「次は関西エリアで人気が出る調味料を是非作らせてください」と調子のいいことを言っていたようだ。
勝手に口から調子良く言うだけ言うが、本人はそんなことも忘れてしまった頃に、先方から「約束通り関西でウケる調味料を作って欲しい」と依頼が入り、社内では慌ててしまう事例を作り出していた。
その陸翔がいる営業第一部は、困ってしまい、営業第二部に仕事を振る。振るというより丸投げだ。そんな流れが自然に出来てしまっている。
今回は先方からの依頼内容を確認した海斗が、何とか商品開発課にお願いし、関西エリアでウケるだろう『ポン酢』を作りプレゼンを行った。
『ポン酢』だけではなく、ついでに他の商品も数点持っていったのが良かったらしく、先方は全て乗り気であり、値段交渉まで持っていき、双方合意の上で新しい契約を結ぶことができた。
春からのフォローもあり、値段交渉も上手くいき、気がついたら結構大きな契約が、またひとつ取れたといったところだ。
結果的には上手くいくが、陸翔の仕事のやり方には頭を抱えている。スーパーマーケット経営という所謂ライバル会社に、正面切って自社の商品を売り込むとは、普通やらないことだし、すごいことであると思う。陸翔の目の付け所はいいのだが、どうもいつも中途半端なのが困りものだった。
「しかし、まぁ、お前は押しが強いな。営業向きなのか何なのか…うん、それは凄いと思うぞ。堂々としていたな」
仕事が終わり、春と居酒屋に来ている。せっかく関西に来てるのに、いつもとほぼ変わらない居酒屋の食事だ。
「ええっ!うっそ!春さんに褒められるなんて。ありがとうございます?でいいの?」
ビールにハイボール。契約はまとまったし、今日は泊まりだし、少し飲み過ぎてもいいかと思う。
春はあまり飲まないようだが、めちゃくちゃ食べている。食事の量は蓉に近いかもしれない。
「海斗…お前、俺のことなんだと思ってんだ?俺だって人のこと褒めたりするよ。だけど海斗の営業成績がいいのは、今日の仕事でわかったよ。さすが営業部のエースって言われてるだけあるんだな」
「うわ…こわっ。春さんにそんなに褒められると何か…こわい」
「失礼だな!褒めてるのに。陸翔が中途半端にしたこんな仕事を、大きな契約にし直すって凄いだろ」
「あはは、ありがとうございます」
ビールをゴクゴクと飲み干し、おかわりを頼んだ。
「しかしまぁ…陸翔は本当に中途半端だな。ほとんどの会社を開拓しては、ほったらかしてるだろ?」
「そうなんですよね。今日の会社だって、関西で大手のスーパーマーケットを経営してる会社ですよ?うちのライバル会社じゃないですか。そんなところに、うちの商品を売り込みに行くなんて普通考えませんよ。それをやる陸翔は凄いと思うんです。だけど、その後が全部人任せなんで…」
「だよなぁ。あいつ何なんだろうな」
不思議と今日は素直に春と話が出来た。これは時間が解決したということか。いつまでも、突っかかってばかりじゃなくなったのは大人になったということなのか。
「だけどさ、お前…あんなこと言われて腹立たないのか?あんな感じで言われること結構あるのか?」
『あんなこと』とは、今日、先方の会社で言われたことだとわかる。まあ、よくあることだ。
今日、先方の担当者と初顔合わせをして名刺交換した後に、陸翔と兄弟なのか?と尋ねられた。最初の担当者は陸翔だったからだ。苗字は同じだし、事前にそんな噂や情報があったのだろう。
そうです。
陸翔は兄です。
そう答えると必ず『お兄さんみたいな優秀な方が後継者だと、御社は安泰ですね』と相手は笑顔で海斗に伝える。
なので、決まって『ありがとうございます』と、こちらも笑顔で返している。
何が、ありがとうございますだかわからないが、なんて返事をすればいいかもわからないので、毎回こう答えている。
「あんな感じは結構ありますね。陸翔が後継者で、陸翔のおかげで安泰って言われるのが多いかな」
「中には馬鹿にして言ってる奴もいそうだよな。いや、陸翔はバカだから、ほとんどの人がわかっててワザと言ってるんじゃないか?だけど、みんな陸翔がうちの会社の後継者だって思うから、そう言ってるんだし、媚び売ってるんだろ?社内だってそうじゃないか。蓉の自宅待機だって、原因はそうだっただろ?」
「蓉さんの件って、春さん知ってるんですね。これって何なんですかね…そうなんですよね、陸翔は態度だけは大きいから…これで、仕事が中途半端じゃなければいいんですけど」
やっぱり蓉の自宅待機は、知っている人は社内に多くいるのかもなと思う。あの時は蓉の気持ちを守るため必死だったから、あまり周りを気にしていなかった。周りなんて関係ないと思って行動していた。
「お前はそれでいいのか?陸翔の尻拭いだけでいいのか?」
「えっ?尻拭いっていうのは、嫌ですけど…誰かがやらないとならないし」
「違う、そうじゃない。お前は覚悟を決めていないのかって、聞いてるんだ。そんな話をアイツとしたりしてるんじゃないのか?」
いい加減に覚悟を決めろ。
そう言われたことはある。あの人に。
お前も御曹司だろ?覚悟を決めて会社を背負って立て。と。
「アイツって…やっぱり、下野さんですよね?」
「うん…まあ、そうだな。アイツと…連絡取ってるのか?」
「たまに連絡取ってる…春さんは?下野さんと連絡してる?会ったりしてます?春さんと下野さんって仲がいいんですよね?」
「会っていない。連絡も取っていない」
下野の話になると、春は落ち着かないような仕草を見せ、ぶっきらぼうになる。それに、小柄な春が更に小さく見えるようだった。
下野は、株式会社モンジュフーズを退職した。
蓉が一時期異動となったスーパー店舗の店長だったが、蓉が経理部に復帰して早々に退職している。
だから、もう数年前の話になる。
営業部長として本社に下野が戻ってくると、当時は淡い期待を持っていたが、それも叶わくなった。
春と下野は海斗が想像する以上に仲がいいのだろう。そうじゃないと『覚悟を決めていないのか』なんて、海斗に向かって話を出すはずがない。
覚悟を決めろよとは、下野に言われた言葉だったからだ。
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