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第29話 海斗

営業第一部と第二部で、会社の事業拡大を狙った企画を持ち寄り、経営企画部にプレゼンをすることになった。 営業第一部の企画は陸翔が中心だった。 株式会社モンジュフーズの売れ筋商品や、自社ブランド商品を、地方を拠点としている他のスーパーや小売店、レストラン等の飲食店に卸をするという企画だ。 株式会社モンジュフーズは、都内や都市を中心にスーパーを出店しているため、地方にはない。 モンジュフーズがないエリアでも、その土地で根強いスーパーさんに交渉し、モンジュフーズの自社商品を販売してもらう。 店舗を持たなくても自社商品が販売できるし、地方スーパーにとっても、都会で人気の商品を扱えるというメリットがある。 既に企業の新規開拓を行い、自社ブランドの商品を提供し始めており、この企画のように成功しているケースがあると、陸翔はプレゼンの中に話を盛り込んでいた。 それはつい先日、海斗が出張で行った関西の企業のことだった。 契約した地方スーパーが求めているものを、新たな商品とし展開している。これにより、自社ブランドの事業拡大を目指すと、陸翔は自分の手柄のように、モデルケースとして語り始めていた。 陸翔は相変わらず口が上手く、経営陣を巻き込んで話をする。あたかも自分でやりましたという顔をしている。 周りを見ると「なるほど新しい発想だ」と頷く姿が見られた。実績として、今まで契約できた企業の、具体的な売り上げの数字をも出してきていた。 営業第一部の企画である新規企業開拓をしたのは確かに陸翔だ。だけど、開拓後、企業と打ち合わせを行い、実際契約を結んだのは海斗である。 陸翔がプレゼンした内容には「そんなもんか」と、海斗は陸翔を相手にもしていなかったが、それを聞いた営業第二部の部長は、海斗の隣で静かに怒っていた。 部長は、海斗が全て陸翔の仕事をフォローしているのを知っている。実績として、提示した数字は海斗の営業成績だ。それを自分の手柄のように言う陸斗が、気に入らないのだろう。 「陸翔のは、他のライバル会社に売り込みに行く発想は面白いけど、今はネット通販が主流だから、将来的にはちょっと弱いよな。しかも、これは今、お前が尻拭いしてやった仕事だし」 と、家に帰ってきて、蓉が笑いながら話し始めた。 「まぁ、そんなもんかって感じだったな。それに、みんななんだかんだ言うけど…陸翔の仕事は、結局誰かがやらなくちゃならないし」 プレゼンをした時、経理部代表として蓉も同じ場所にいた。だから、一からこの話は聞いている。陸翔のプレゼン中、蓉が苦笑いをしていたのが印象的だった。 営業第二部の企画は、モンジュフーズスーパーマーケットのデリカテッセン惣菜の展開だった。これは海斗がずっと考えてきたことである。 モンジュフーズマーケットは、高級スーパーと呼ばれ、車や電車を使い、わざわざ時間をかけて来てくれるお客様もいる。 昼のランチ時や夕方は、スーパー内のデリコーナーにある惣菜が飛ぶように売れており、デリカテッセンの惣菜は人気になっている。 しかし、他のスーパー同様、コロッケや唐揚げなど定番の品揃えばかりでマンネリとの声もあった。 そこで、定番の惣菜だけではなく、デパ地下のように飽きることがない品揃えとクオリティを、スーパーでも展開したい、更には、自社ブランド商品を使ったデリカテッセンを展開したい、そう考え、海斗は新しいデリカテッセン展開を企画し、プレゼンをした。 これを実現させるには、ある仕掛けが必要だった。 デリカテッセンのオードブルや弁当を販売している会社がある。その会社と業務提携を結び、モンジュフーズマーケット専用のデリ展開をする。それが今回のプレゼン内容であった。 「お前の企画は聞いていたし、収支予測もできたろ?収支計画書も作ってたから、あれで問題ない。これから長期的に会社の軸になっていくと思う。俺はお前を応援するよ」 「ありがとう、蓉さん。あの時、後押ししてくれて。経営陣もさ、最後はうちの企画の方に向いてくれた感じだからね」 陸翔と海斗のプレゼンが終了した時に、収支の話となり、経理部の立場から蓉が、海斗の企画に対して長期的なスパンで売り上げを確保できる企画だと後押ししてくれた。 「実は、もうトライアルでやれるようにしてあるんだ。うちのスーパーには惣菜工場があるから、そこで新しい企画の惣菜を作って各店舗に送り込むことになる」 「へぇ、やるな…間に入る会社って?業務提携したんだろ?話はついてるのか?」 「うん、関西に『デリカテッセンの王』って呼ばれてる人がいるんだよ。色んなね、高級レストランの料理人を集めて惣菜を販売してる店なんだ。和食、フレンチ、イタリアン、何でも揃ってて、レストランの味を手軽に惣菜として買えるってことが流行ってる。関西ではTVとかにも出てて有名な人なんだよ」 「へぇ、すげえな、そんな人よく見つけたな。デリカテッセン?デリの店があるのか?一店舗で色んな惣菜が買えるのはいいかもな。あー、俺イタリアン食べてぇ…腹減ったなぁ」 「うちとは業務提携するんだけど、来週、本社で打ち合わせあってその人が来るから、その時、蓉さんもランチ一緒に行こうね。じゃあ…今はパスタ食べる?作ろっか?」 蓉は、うーんと言い、海斗の肩口に頭を擦り付けてくる。腹減ったと言う割には、かわいい行動をしてくるので、顔じゅうにキスをしてやった。 「蓉さん?ほら、何か食べる?」 「うーん…もうちょっと…ここでいいや」 「そんなかわいいことされたらするよ?あー…そろそろゴム買わないと、無くなっちゃったなぁ。あっ、そうだ。引っ越しどうする?家を決めないと」 「あ、忘れてた。もう、このままでよくね?引っ越し、めんどくさいだろ」 「ダメ!そうやってめんどくさがると、すぐに部屋の更新の時期になっちゃうから!前回は引っ越し出来なくて一度更新してるでしょ?だから今回は絶対引っ越しするからね。ああ…広いお風呂がいいな。一緒に入れるくらいの」 広いお風呂は絶対譲れないから!と海斗は伝えるが、蓉は、めんどくさいからなんでもいいと言う。 早めに物件を決めておきたいところだ。しかし、平日の二人は仕事が忙しく、休日はイチャイチャが忙しい。 蓉が引っ越しをめんどくさがるのもわかる。しかし、隣の部屋に行ったり来たりの方がめんどくさいと、海斗は思っている。 ここは海斗が強引にでも動かなくてはいけないと、改めて心に誓う。

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