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第30話 海斗

営業第一部と第二部、それぞれの企画を、トライアルとして始めることになった。 その後、改めてその先のビジネスプランを立て修正することになる。 プレゼンの時、経営陣の中に社長である父親の姿もあった。 長男である陸翔は、昔から親の愛情や期待を多くかけられている。だから父の前で進めるプレゼンも張り切っていたのが、ありありとしていた。 それがあってか、海斗は特に父親を意識することなく、全体を冷めた目で見てプレゼンも淡々と進めていた。 多くの経営陣たちが、陸翔の企画を褒めたてる中、父だけは海斗の企画に注目し多くの質問を投げかけていた。 その父からの質問にも海斗は淡々と答え「ネットが主流の中、人はなぜスーパーマーケットに行くのか?事業拡大とは、実際に足を運ぶスーパーマーケットとして考えなければならない」と、企画の意図と意欲を訴えると「なるほどな」と笑っていた。 その父の姿をキッカケに、風向きが海斗の方に変わり、必要以上に今は注目されているのを感じている。 「おい、海斗…だから、なーんで事前に言わなかったんだよ。本社で、すっげぇ変な声出しちゃったじゃん」 「だって、言ったらずっとソワソワするじゃん。だから言わなかったんだよ。それにすぐ会えるし、いいかなって思って…」 ランチの定食屋で、ずっと蓉に問われている。 『デリカテッセンの王』も、ランチに同席し、二人の会話に口を挟んだ。 「つうか、お前ら相変わらず仲が良いな。まだ一緒に住んでるんだって?同じところか?変わってないのか?」 「同じところですよ。次は引っ越しする予定なんですけど、なかなか物件が決まらないんですよね。下野さんは?そろそろ東京に引っ越して来る?」 「ああ、うん。すぐに引っ越しする予定。前と同じエリアに住むことになるかな」 蓉が一時期勤務していた黒目ヒルズ店の店長だった下野と一緒にランチをしている。 下野が株式会社モンジュフーズを退職して、もう数年が経つ。本当にあっという間の数年だったと感じる。 「下野さんがその『デリカテッセンの王』だっけ?そう呼ばれてるの知らなかったよ。だから今日、本社で下野さんと会った時、びっくりして叫んじゃったじゃん!もう…海斗が教えてくれればよかったのにさ。で?下野さん、これからうちと業務提携するんですか?」 大盛りのトンカツ定食を食べながら、蓉が下野に尋ねている。 「そうだな。とりあえずトライアルでスタートだから、上手くいってもらって、本契約を結べるように海斗に頑張ってもらうよ。うちのデリの味をモンジュフーズマーケットの目玉として出してもらうように」 あはははと、下野は相変わらず豪快な笑い方をしていた。 下野は株式会社モンジュフーズを退職した後、自身の会社を関西で立ち上げていた。 「っていうかさ『デリカテッセンの王』って何?下野さんは今、何をやってるんですか?」 海斗は知っているが、蓉はよく知らない。だから教えてもらいたいと言う。 「その呼び方は勝手に世間が呼んでるだけだよ」と、下野は若干苦笑いをしている。 下野は、クラウドキッチンとデリカテッセンの両方を経営している。 クラウドキッチンとは、所謂レンタルキッチンだ。そこを利用するのは、自分のレストランや店を持っていない料理人たち。 その料理人たちは、ネットで注文を受けフードデリバリーサービスで販売したり、下野がもうひとつ経営しているデリカテッセンの店舗に出したりしているという。 「ここ数年は、飲食店の休業や閉店が相次いでいただろ?だから今、残念だけど、レストランを畳んでしまった腕のいい料理人がいっぱいいるんだ。そんな人たちが、うちのキッチンを使い、料理を作って出せば、世間は注目してくれる。そうやって稼いで、レストランを再開させた奴もいるんだよ。とにかく、俺は場所を提供して料理を作り続けてる奴を、後押ししてるんだ」 「へぇ!何だかすごいですね。なるほど…店が無くなっちゃった料理人とか、まだ店を持てない料理人に作る場所を提供する会社ってことか。そんで、下野さんのデリカテッセンでも販売して、料理人たちは名前を売ってるのか。上手く出来てるなぁ…」 蓉の理解は早い。 下野は退職してから勢力的に活動していた。料理人たちを埋もれさせないように、売り込みが出来る場所を開いていた。 「下野さんのデリカテッセンは、口コミで広まったんだよね。高級レストランのデリカテッセンとか呼ばれてるじゃん。今は関西のTVとか出ていて有名になってるんだもん。びっくりしたよ」 下野が会社を立ち上げてからも、何度か連絡は取っていた。どんどん下野の会社が大きくなっていくのを海斗は見ていた。 「TVはなぁ…あんまり出る気はなかったんだけど、注目されれば料理人たちもレストランをすぐに復活出来るだろうからさ。今回、モンジュフーズマーケットでやる企画は、そのシェフ達も参戦するから、新しいデリカテッセンの展開が出来て、話題になると思うよ」 海斗の企画であるデリ惣菜の展開は、下野と打ち合わせを行い、今までにないスーパーのデリコーナーを作り上げることになる。 まさにレストランの味をそのままスーパーのデリカテッセンへとなる。 「なんだよ…下野さんも、言ってくれればよかったのに。黒目ヒルズ店の店長時代から、そんなこと考えてたんですか?」 「まぁな、あの時は色々と模索中だったんだ。でも、あの頃はさ、短い期間だったけど、蓉が来てくれて楽しかったぞ。あっ!そうだレジのシステム改修どうだった?俺さ、あの後知らないんだよね。蓉が本社と掛け合ってやってたろ?」 本社IT部門にスーパー店舗のレジをシステム開発して欲しいというお願いを、蓉が直接していたことがあった。 店舗でレジを使う人たちが、悪戦苦闘しているのを、蓉は店舗勤務の時に目の前で見てきていた。 「レジの改修ね、無事に出来ましたよ。以前みたいに、閉店後の締め作業で時間がかかることも無くなったし。黒目ヒルズ店には買い物によく行くけどさ、みんなも今は使いやすくなったって言ってくれてますよ。下野さんも今度遊びに行ってみなよ、めっちゃ懐かしがるよ」 「おお!マジか!よかったな、あのレジだけが大変だったもんな。蓉の提案でかなりみんなが助かったと思うよ。つうか…おい…なんでお前は不貞腐れてるんだ?」 不貞腐れてるつもりはないが、下野からニヤニヤと笑われながら海斗は指摘された。 「別に…不貞腐れてないけど。でもさ、蓉さんの仕事じゃないのに、レジのシステム改修は兼務みたいになっちゃってさ、IT部門に呼ばれるし…それでなくても蓉さんは忙しいのに、改修作業の打ち合わせが頻繁にあったり…心配なんだよ。あんな無茶なのはやらなくていいのに」 「かーっ、お前は相変わらずだな。蓉が絡む話だと碌なこと言わねぇのな。他のことには興味ないくせに、蓉の話だとすぐにヤキモチやくんだろ?」 下野がまだニヤニヤとしながら、わかりきったことを白々しく言うから、無視をした。 「いや、まぁ、海斗は俺が忙しくなるのを心配してんですよ。別にずっとじゃないからって言ってるんですけどね。だけどまた最近、次のフェーズの改修話が出てて…それにも参加して欲しいってIT部門から言われてるんです」 「ああ…なるほどね。だから不貞腐れてるのか。また蓉を取られちゃうからかぁ。そうだよなぁ、休みの日でも取られちゃうかもしれないもんな。あー、ウケる。お前は本当に変わらないなぁ」 かかかっと、下野は笑っている。隣には、呆れているような、困っているような蓉の顔が見えた。 「だけど、楽しいよな…会社ってそういうことができるから楽しいんだよな。俺も経理部だけじゃなくて、そっちも絡めるのは楽しいよ?下野さんと海斗だって、一緒に新しい仕事出来るなんて、楽しいだろ?会社とか、仕事ってそんなことあるよな」 と、蓉は海斗を見ながら言う。 真っ当な意見だから否定はできない。確かにそれが仕事の楽しさだとわかっている。

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