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第35話 海斗

じゃあな、と下野はイタリアンバルを出て反対方向に歩いて帰った。 海斗と蓉はいつもの川沿いの道を歩いて帰ることにした。途中のコンビニでアイスを買い二人で食べながら歩いている。 「美味しかったね。久しぶりに蓉さんがいっぱい食べてる姿見れてよかった。最近はさ、家でもあそこまで食べないじゃん。俺、もっと作れるよ?明日はさぁ、何しようか。スーパー行って、ご飯もいっぱい作るね。何がいいかなぁ…」 「明日なぁ、スーパーは行きたいけど、家でゆっくりもしたい。今週はお互い忙しかったもんな」 川沿いの道はきれいに舗装されている。以前は、雨が降ると水たまりができ、雨の日は歩くたびに足が水たまりの中に入り、濡れてしまっていたが、今はどこもきれいになって、デコボコ道は無くなっていた。 「…下野さんにさ、バレてたよ。いい意味で落ち着いたって言われてさ、蓉さんと俺が付き合ってるってわかったみたい」 「えっ!俺が、お前のことを手に入れたってこと、下野さんわかったの?」 「ええっ!逆でしょ?俺が蓉さんのこと手に入れたってことがわかったんだよ。俺がずっと蓉さんを追いかけてたから…なんで、逆なの?」 「逆じゃないだろ。俺がお前を手に入れたんだ。お前のことを好きだって気持ちを俺は認めてから、お前がこの道で追っかけて来てくれて…それで…あれ?お前が俺を手に入れた?あれ、そうかな?いや、違う!俺が好きになって…そんで…」 「あっははは、もういいよ。お互いに手に入れたんだって。俺の方がずっと前から蓉さんのこと好きだったけどね」 「ふーん…だけどな、愛と恋は違うんだって、海斗知ってるか?俺は知ってるぞ。玖月さんに聞いたからな。まぁ、いずれにしろ、今は二人で愛を始めてる途中だし?だからこそ下野さんが気がついたのかもな」 「え?何言ってんの?愛と恋?…なにそれ。まぁでもなぁ…ずっと愛を始めてる途中がいいなぁ。途中であって欲しい、ずっと」 アイスは食べ終えてしまった。チョコレートが甘くて美味しかった。 「お前こそ何言ってんだ?」と、蓉は隣で笑いながらアイスの最後の一口を食べ終えている。 下野が二人の関係を知ったと言っても、やっぱり蓉は何も言わなかった。 それよりも、二人で愛を始めてるから下野が気がついたのかもなと、斜め右上から別の回答が返ってきた。 蓉と一緒に過ごすと、自分の悩みや心配なんて本当にどうでもいいことかもと、思わされる。いつもスカッとした気分に変えてくれるんだ。 この道で、二人で愛を始めようと言われた時も、蓉らしい言葉で笑ってしまったのを思い出す。本当にいつも予想外の言葉を投げかけられ、男らしくて惚れ惚れする。 家が見えてきた。 今日はどっちの部屋に入ろうか。明日は休みだし。 「蓉さん、引っ越し考えないとね」 蓉の手を引いて、蓉の部屋のドアを開ける。やっぱり明日は休みだし、こっちの部屋でゆっくりとしたい。 「ああ…めんどくせ。なぁ、海斗やっぱさ、引っ越しさ、」 「ダメ!絶対、引っ越しするからね」 玄関の鍵はひとつ。後ろ手でカチッと閉めれるほど簡単なものだ。 玄関を上がりすぐに部屋の中に入れる。部屋の中は丸いテーブルとベッド、それにハンガーラックとTV。至ってシンプルな部屋は、蓉の性格そのままだと思っている。 スーツのまま二人でベッドにダイブした。 「疲れたな…なんか、もう動きたくない。30分くらいしか歩いてないのに。俺、運動不足かな。何か運動するか?」 「そうだね、なんかやろうか…蓉さん、スーツだけ脱ご?シワになっちゃう。ほら、上着脱いで?」 蓉の上着を脱がそうとすると、うとうとしている顔が目に入る。お腹いっぱいになったから睡眠欲が強く出てるのだろう。 「ほら、蓉さん。ちょっと頑張って。全部脱がすよ?お風呂は…明日の朝でいいか。とりあえず服だけ脱いで、このままここで寝ようか。ねっ」 喋りながらスーツを脱がせる。最近、蓉のベッドでも、ただ抱き合って眠ることも多くなってきていた。 眠そうな蓉の身体をゴロンゴロンと左右にズラして、何とかスーツを脱がし、下着姿でベッドに入れることが出来た。蓉は、もう目を閉じている。 蓉と自分のスーツをツールに吊るし、海斗も続いて下着姿でベッドに入る。シングルのベッドは狭いから二人で寝ると窮屈だ。だけど、それももう慣れてきていた。 蓉は寝ているようだが、海斗の腕の中に入り込み、足の甲で海斗の足をスリっと撫でた。 無意識に蓉がよくやる癖だ。寝ている時も、起きてベッドの中で話をしている時も、無意識に蓉はこんな甘え方をする。 海斗にだけわかる蓉の甘え方、これがたまらなく好きだった。

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