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第36話 海斗

先週、経営企画部を交えて中間報告をした。この後は、会社からの最終決定が下されるのを待っているだけだ。 海斗の企画が圧勝であるのは一目瞭然。デリカテッセンの新しい事業展開は、今もなお右肩上がりの業績であるからだ。 なので、今はもう誰も兄弟対決などは言わず、この話題も新鮮には感じていない。海斗の圧勝が、あたりまえとして社内では受け止めてられているらしい。 時代も話題も変化をしていく。置いていかれるようで、置いていっているようでもある。当然のことだが、戸惑いもまだあったりしていた。 「海斗、呼ばれたから一緒に来てくれ」 部長に呼ばれたので一緒に会議室まで向かう。やっと会社の方向性が決まり、事業拡大の決定事項として通達されるのだろう。 ひとつ上の階にある会議室に入ると、営業第一部の部長と陸翔が既にいた。二人共、顔をこわばらせているのがわかる。 「どうも、おつかれさまです」と、営業第二部の部長が明るく挨拶をしている。特に仲が悪いわけではないが、ここのところ頻繁に会話をする機会はないようで、相手の部長とは少しギクシャクとした間柄であった。 そりゃあ、まぁ、社内でも対決とかなんとか言われているから、何となくそんな雰囲気なんだろう。こんなふうに、人間関係に影響するのは苦手だ。 「海斗の企画、凄いな。売り上げも伸びてるし…インタビュー記事も見たぞ。イケメン度アップで写ってたな」 営業第一部の部長から声をかけられる。その隣にいる陸翔は黙ったまま海斗のことを見ていた。 「インタビューとか初めてだったから、緊張しちゃいましたよ」 陸翔は何も喋らずだったが、部長たちとは何となく笑い合い、雑談をして場がほぐれたところに、経営企画部と社長が部屋に入ってきた。急に空気が張り詰めたように変わったのがわかる。 開口一番に『今後は営業第二部のデリカテッセンを重点とした事業拡大をしていく』と、伝えられた。 この部屋にいる者、ほぼ全員が同じ意見であるため、特に驚くことなく話は淡々と進んでいく。思惑通り、海斗の圧勝である。 今後は営業第一部、第二部共に協力してデリカテッセンの事業に関わること、この事業展開の指揮は営業第二部が取ることを、経営企画部から通達された。 結果を聞き、今後の方針を伝えられるだけなので会議はすぐに終了となる。海斗の中では次の展開も考えてあるため、特に焦らず急がず全体にプレゼンしていくだけだ。 社長から声がかかった。 「デリカテッセンの新しい取り組みは、全国でも例がない。だからこそ、スピード重視で進めて欲しい。素晴らしい企画だと思う。これから更に期待している」 「ありがとうございます」と、第二部の部長が社長に言っている声が聞こえる。 「これにて、会議を終了とさせていただきます」司会進行の声も続けて聞こえてきた。海斗はそれらを淡々と聞き入っただけだった。 海斗の企画が取り上げられるだろうと、わかってはいたことだったが、何となく後味は悪い。何故そう思うかはわからない。 会議室を出る社長が振り向き、父親の顔に変わる。 「陸翔、海斗、今週末に母さんが会いたいって言ってたぞ。昼飯でも食べに来い。久しぶりに親子水入らずで食べよう」 「はい、わかりました。母さんに連絡しておきます」と、陸翔はすぐに返事をしていたが、海斗は「えー…」と、嫌な顔をして答えていた。 そんな海斗を見て、営業第一第二のそれぞれの部長が苦笑いをしていた。 それぞれの部署に戻り、仕事をしていると経営企画部より社内全員にメールが送られてきた。 その内容とは、先程決定した事業拡大の事だった。他部署も結果は気にはしていたようで、メール通達後は、仕事中もその話で持ちきりとなっていた。 ランチで部長と一緒に外に出ると、色々な人から声をかけられる。昼時は会社のみんなが一斉に外に出るため、多くの人と顔を合わせることになるからだ。 よかったですねとか、応援してますとか。ましてや、今週末に親子会談が行われるんでしょとまで話しかけられる。人の噂はこうやって広まるんだなと、他人事のように聞き、思った。 「海斗フィーバーは少しの間続くのかもな。社内では人気者だろ、どこでも声がかかるもんな。おめでとうございますとか、よかったですね、頑張ってくださいとか。お前はアイドルかよっ。俺がマネージャーみたいじゃねぇかよ」 部長が、あーはいはい、と言い近づいてくる人を払いのけていて、ちょっと笑った。 「いいんですけどね…まぁ、嬉しいですけど、ちょっとなぁ。親子会談とか何だ?って思いますよ。実際めんどくさいし」 「お前、さっき露骨に嫌な顔してたぞ?社長だってお前の嫌な顔を見て苦笑いしてたじゃないか。もう!いつもニコニコのイケメン海斗くんはどうした!」 「俺、そんなですか?そんなに愛想良くないですよ。今週末だって言われて、俺だって都合があるのに…何で陸翔はすぐに返事出来るのか、そっちの方が不思議ですよ」 「まあまあ…親ってたまにそんなとこあるじゃん。でも構ってないとすぐに年老いちゃうぞ。それからじゃ遅い時もあるんだから、誘われたら、まぁ仕方ねえかくらいな感じで行ってくればいいんだよ。おふくろさんにだって、最近は会ってないんだろうし…社長のあの感じは、久しぶりに息子と話をしたいって思ってるのは本当だと思うけどな」 「おお、蕎麦屋いっぱいだな」と、部長がランチの店に入っていく後ろ姿を眺めた。

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