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第40話 海斗

いつも家を出る時間と同じ時間帯に、蓉は出かけていった。今日は休日出勤だと言っている。 経理部の仕事ではなく、レジのシステム開発の方で出勤するらしい。システム開発は今が山場のようである。 一日くらい休日出勤しても大丈夫だと蓉は笑って言ってたが、昨日は無理をさせている。蓉の方から求めてきたとはいえ、最後は海斗が張り切って、何度も腰を送り込み蓉を離さないセックスをしてしまったのが原因だ。スイッチが入ったから尚更だ。 蓉の奥深に立て続けに射精していた。 朝起きても腰が痛いと言っていた。心配だから会社まで送って行くと言うと「お前も出かけるんだろ?」と笑って返されてしまい、蓉はひと足先に外出していた。 ひとりになった海斗は、掃除をしたり洗濯をしたりしていたが、持ち前の家事優秀スキルを発揮したおかげで全てが順調に終わり、昼前に自宅を出て思ったよりスムーズにここまで到着してしまった。 今日、蓉が休日出勤せずあのまま家にいたらきっとここに来なかったかもなと、海斗は思いながら重い玄関を開ける。 「海斗!おかえり。久しぶりね」 「ああ…うん。ただいま、母さん元気?」 実家へ最後に帰ったのはいつだっけ?と考えるが、海斗が家を出てからここに一度も帰って来ていないことに気がつく。 「陸翔も来てるわよ!」と、母が明るい声を出していた。 リビングには父と陸翔がいた。プライベートなのに、会社の延長にいるような空気を出している。 「海斗、おかえり。久しぶりだな。会社では見かけるけど、お前もここにはあまり帰ってきてくれないもんな」 「お前も?って?」 「俺も、ひとり暮らししてんだよ」 陸翔が会話に加わる。 「へぇ…そうなんだ」 それは知らなかった。初めて聞いたことだ。陸翔は海斗が家を出た後すぐに、同じように実家を出てひとり暮らしをしているという。海斗はリビングの一人用ソファに座った。 「お前は本当に人のこと興味ないのな」 陸翔は残念そうな顔をして海斗に言った。興味がないといえばそうである。陸翔のひとり暮らしなんてどうでもいいことだ。 「海斗は最近どうしてるんだ?ひとり暮らしで困ってることはないのか?」 「うん、ないよ。全く」 ニコッと笑い父へ返事をしたが、素っ気なくなってしまった。父から問われることも、答えるのは億劫であり、ほっといて欲しいと思ってしまう。素っ気なく返事をする自分も嫌になる。 「父さん、俺はね、最近ジムに行って鍛えてる。会社の近くに出来たの知ってる?」 「へぇ、知らないな。あの辺に出来るとなると、うちの社員も多くが通ってるんじゃないか?」 白々しい会話が続くのを聞く。 こんなたわいもない話をするために呼ばれたのかと、気が付かれないようにため息をついた。いつからこうなったんだろうか。 自分の気持ちを素直に伝えられなくて、笑って誤魔化している。いつもニコニコしているイケメンの海斗とは、部長にも言われていることだが、本当それで隠し通しているだけだ。 「海斗は?身体を動かしたり、何かスポーツをしているか?お前は昔からスポーツが好きだったからな」 父は知っているのだろうか。スポーツは好きではあるが、何でもそつなくこなし、そこまで熱くなれないことを。 「ああ…うーん。やってないな…最近バッティングセンターにはよく行ってるけど。あっ、でもゴルフに誘われてるから今度やってみようかなって思ってるよ」 関西で契約した会社の原田に『ゴルフを始めてみないか?』と誘われていた。 原田は、出張で行き無事に契約が取れた関西の会社の部長だ。 関西から帰る時、空港で偶然同じフライトとなり、出汁が美味しい関西うどんを紹介してくれた人だ。 何度か仕事でやり取りしているうちに、原田とは仲良くなった。海斗が原田に、学生時代は野球をしていた話をすると『野村くんはゴルフに向いている。体格もいいし、絶対飛ぶはずだから』と言われゴルフをすすめられた。 それを蓉に話をしたら、俺もゴルフやってみようかなと言うので、二人で打ちっぱなしからやり始めようかとなり、今度ゴルフクラブを買いに行くことになっている。 「誰に誘われたんだよ。部長か?営業第二部の部長はゴルフやるんだっけ?うちの部長はやらないからなぁ」 「関西出張の時に訪問した会社の部長だよ。自宅がこっちにあるみたいで、毎週関西から帰ってくるんだって。だから今度一緒にやろうって話になった」 「関西って?あの会社か?俺が開拓した企業の?」 「そうだけど?」 海斗が答えると陸翔は、へえ...と返事をして海斗をジッと見ている。 「お前はすぐに色んな人と打ち解ける。それになんでもできる。スポーツでも、勉強でも。それなのに、どれも本気で力を入れてやろうしない。昔っからそう」 陸翔が考えるように話し始める。 急に何を言い出したんだと海斗は思った。 「えーっ…そうかな…そんなことないけど。そんなに色々は出来ないよ」 陸翔になんか関わり合いたくないから適当に答えた。困ったような顔を作った後、またニコニコと笑ってしまうのは、癖になっているようだ。 「いや、そんなことない。お前は何でも出来るんだ。出来るくせに、わざと力を発揮しないで影に隠れようとする。いつもそんなふうにニコニコして、少し力を抜いてやり過ごそうとする。そうだろ?」 やけに陸翔は絡んでくる。めんどくさい。 どうでもいいことなので、また笑って誤魔化そうとした。 自分は何故ここに呼ばれたんだろうと、もう何度目かの問いが頭の中に響く。 「海斗…なんでそう、いい人ぶる。腹が立っても我慢して、悔しさがあっても笑って誤魔化している。不満があっても気にしない素振りをしているから、本当は怒りがたまってるんじゃないか?ああ...でも、蓉が絡むと怒るか...蓉が自宅待機だった時、お前は俺にえらく怒ったよな。あの時はさ、蓉だって悪いんだよ?優香にさ...」 何が言いたいのかわからないが、カチンときた。自分のことだけであれば抑えられたが、蓉のこと蒸し返されると歯止めがききそうにない。『蓉だって悪い』という陸翔の言葉に反応してしまう。 海斗はニコニコと笑っていたが、笑顔が消えていくのが自分でわかった。気持ちが冷え切っていくのを感じる。怖いくらい自分が冷静になっていくのがわかる。 「何が言いたい?あの時の蓉さんは全く悪くない。陸翔が決定的なミスをしたのが原因だろ?自分のやったことを棚に上げるなよ。それに…誰がいい人ぶってるって?例えば、陸翔の中途半端にした仕事を引き受けても、サラッとやり終えて大きな契約にし直すとか?これがいい人ぶってるってこと?陸翔のやり残した仕事を巻き返してやってんだよ!」 陸翔が上から目線で絡んでくるので、話を遮り、海斗がやってきたことをそのまま伝えた。それに蓉のことを言われると、やはりブレーキがきかず言い返してしまう。少し強めに言い返してしまった。 「やり残した仕事って、関西の会社か?それはさぁ…ほら、おすそ分けみたいなもんじゃないか。元々は俺が仲良くやってた会社だ。そこに海斗が入って、新しく提案したんだろ?」 陸翔の顔が引き攣っているのがわかる。自分でやってきた仕事が中途半端だというのはわかっているのだろう。父の前では、この話に触れられたくないようである。 「お兄さんみたいな優秀な方がいると御社は安泰ですねって、その会社の人に言われたよ。多分、嫌味だけど。でも、今はそこの部長と新しく別の契約を結ぶことで話を進めているから、もう陸翔の仕事とは関係ないよ」 父が何も言わずに二人をジッと見ているのが不思議だった。 「新しいデリの展開か?お前の企画だろ?事業拡大のやつ…」 陸翔の顔はまだ引き攣っている。仕事も取られ、事業拡大の企画でも負けている。 父も陸翔のミスを起こす行動は把握しているようだ。海斗が伝えても驚きもしない。 陸翔は父の前でいいカッコをしたいだろうが、恥をかかされてしまい、言葉につまりうつむき始めている。 「まぁ、そうかな。だとしても、陸翔には関係ないだろ?だから陸翔の尻拭いの仕事なんて俺にはやってる時間はないからさ、これからは自分で出来ないってわかったら誰か他の人にお願いしなよ?残念だけど、もう俺は構ってやれないからさ」 とどめの言葉を吐き出し、至って冷静な自分がいた。サラサラと言葉が口から出てくる。 それはもう、気持ちいいくらいに。

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