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第42話 海斗
元々は、陸翔も会社の後を継ぐことを考えていたと言う。
「俺はさ、長男だし小さい頃から父さんの会社の後を継いで社長になるって思ってた。だけど…さっきの話に戻るけど、蓉が自宅待機になって、お前がマジでキレた時、あの時から考えが変わってきたんだ」
海斗が会社を継ぎたいと伝えた時から、それまでとは違う空気に変わり、父と兄の二人はホッとするような、安心したような顔を見せていた。
海斗は、よくわからない展開になっていると思うが、そのまま陸翔の話を聞く。話を聞くと、陸翔も悩んだりはするようだとわかる。
陸翔はずっと海斗が羨ましかったと言う。
社内のみんなと仲が良く、何事もそつなくこなしている。仕事も早く陸翔のミスも飄々とカバーする。
だけど…弟は何も求めない。やりたいことがあると思うが、海斗は何も言わない。
思えば小さい頃からそうだった。何でも出来るくせに、出来ることを隠そうとする。
いつも兄の陰に隠れてニコニコとし、怒ることもせず、人の言うことを聞き素直である。だからこそ本心が見えない。
そんな海斗が初めて怒ったところを見た。蓉が自宅待機になった時だった。
あの時は、あっという間に海斗は家を飛び出し、ひとり暮らしをしていた。
家で陸翔と顔を合わせるのが嫌だったのだろうが、躊躇いもせず、すぐに行動に移す弟の姿を見て唖然とした。そんなバイタリティがあるとは思わなかったと、陸翔は言う。
蓉の自宅待機のキッカケは、陸翔のミスである。その後は、ものすごい剣幕で海斗は陸翔を責め立てた。そんな弟の態度も初めて見ることだった。
なじる、咎める、批判する。
あの時の海斗は身体中から殺気立ち、陸翔が恐ろしく感じるほどに向かってきた。
会社でも周りを気にせず、露骨に嫌な顔をし、態度でも言葉でもはっきりと陸翔を批判する。
海斗の言うことは正しかった。そして人として正直であると感じた。小さい頃、兄の陰に隠れていた弟とはもう既に違った人のように思えた。
それに海斗は、陸翔を批判するだけでなく、会社の長期的に持続する利益を生み出すことを考えて行動に移していた。
それは、陸翔のミスで自社の一番人気の商品であるオリーブオイルを原価割れした契約をしてしまった後の、海斗の取った行動だった。
新しく自社開発したオリーブオイルを短期間で販売させ、自社の人気商品を上書きさせた。
更には、原価割れして契約した会社とは新しく開発した方のオリーブオイルを取引はさせず、以前のオリーブオイルの取引だけとして、自社の売り上げに響かないようにしていた。
そんなこと陸翔には真似できない。弟に助けられたと、周りが絶賛するほどの鮮やかな手法だった。
「あの時は、お前のことすげぇなって思った。俺に対しては怒ってるけど、仕事でのお前は常に冷静だった。実際、あの後から周りの目も変わってきただろ?今ではみんながお前に一目置いている」
出来るくせに、わざと力を発揮しない変な奴ってずっと思ってたけど、こんな時にめちゃくちゃ発揮するんだなって。そう思うと、いつもの海斗はどうなんだろう、不満が溜まってるんじゃないかと思っていたと、陸翔は言う。
「じゃあ、さっきはなんでいい人ぶってるとか、俺を怒らせるようなことを言ったの?それに、蓉さんのこと、もう一度蒸し返したのはなんでだよ」
陸翔の言葉にまたイライラとするから、怒りを込めた目で睨みつける。それに、蓉の話を持ち出したのは気に入らない。
「いや…ち、ち、違う、違う!ごめん!そう怒るなって、もう...だから、お前はあんなに多くの仕事を素早く片付けたり、すげぇアイデアが出せるのに、なんでいつも一歩下がってるんだろうって思って…いい人過ぎないか?って思ってさ。海斗がもっとグイグイ前に出れば、後からついてくる奴はいっぱい出てくるだろうし」
それは下野にも言われていたことだ。力をセーブして、陸翔を目立たせるようにし、常に一歩下がっていると言われたことがある。
そんな気持ちはない。と、言いたいが今はないだけで、以前はそうだったかもしれない。力をセーブすれば、両親も陸翔もみんなが幸せになるって勝手に思っていたところは確かにある。だから無意識に力をセーブしていたのかもしれない。
結局、陸翔だけじゃなく海斗自身も、自信過剰なところはあったんだなと反省する。やれる力を出さず加減するなんて、本当に自意識過剰もいいところだ。
陸翔は考えなしに口から言葉を吐き出す。それは今に始まったことではなく、小さな頃から変わらないことだった。
そういえば、兄はそうなんだっけと、海斗はため息をついた。ただ、あの時、経理部のポジションから外された蓉を思い出すと、どうしてもまだ怒りが湧いてきてしまう。会社が決めたことだといえば、仕方がないことなのかもしれないけど。
「それと…あの時、蓉が優香に言ったこと聞いてないか?『君が泣いても喚いても状況は変わらない。それに君に対するイメージや印象が変わるわけではない。イメージ通りのまま、仕事に集中が出来ない人。仕事をこなせなかっただけだろ』ってさぁ、言ったんだってよ」
「へぇ…蓉さん流石だね。正論だよ」
「正論かもしれないよ?そうだけどさ、厳しくないか?可哀想だろ女の子だし…それをさ、聞いて俺も蓉に対して怒ったんだよ、厳し過ぎるって。だけどあの後、優香と拗れて別れちゃったし…」
「あの女…優香はそんな弱くはないだろ。正面からはっきり本当のこと言われてムカついただけだ。事実だったんだから。だけど今は蓉さんのところで張り切ってやってるみたいだし、蓉さんも優香のことは、頼りになるって言ってた」
「げっ!お前、優香ってなんで呼び捨てにしてんだよ!俺の知らないうちに、仲良くしてんのか?」
焦って聞く陸翔を海斗は無視した。陸翔は優香と別れてしまったが、まだ未練があるらしく、もう一度復縁したいと思ってると言う。優香のことになると、陸翔は懸命になるらしい。
「…じゃあ、父さん。今日のこれは何?なんで呼び出されたのかわかんないよ。陸翔のアホみたいな話を聞くためじゃないでしょ?陸翔は口を開けば、ろくなこと言わないってわかったでしょ?」
そう。何故、父が実家に二人を呼び出したのかわからない。単純に顔を見せろ、遊びに来いということではないのだろう。
ため息をついた海斗を見て父は笑い、こう答えていた。
「二人は30歳を過ぎて、仕事でもプライベートでも色々と考える頃になっただろ?いい機会だから、腹を割って話をしたいと思ったんだ。その中でも今日一番話をしたかったのは会社のこと。それは聞いておきたいと思っていた」
さっきの鋭い眼差しから変わり、今は少し父親の顔に戻っていた。
「そうなんだ…だったら、そう言ってくれればよかったのに。無駄な言い合いしちゃったじゃん」
「ははは。そうだよな、悪かったすまん」
ゆっくりと父が言うから「もういいよ」と、海斗は答えた。「すまん」なんて父に言われるとバツが悪くなる。
「海斗は、行動力があり意思決定が早いだろ?だから仕事もできて結果をたくさんだしている。会社では人気者だって話も聞いてるよ。だから、会社を継いでくれるって言われて俺は嬉しいし、だとしたら多くの社員も納得するだろう」
「うん…父さん、ありがとう。俺もきちんと伝えられなくて悪かった。こんな勢いで言っちゃってさ。でも、さっきのは俺の本心だよ。父さんたちは、長男の陸翔を後継者にしたいんだろうなって思ってたけど...俺にも挑戦させて欲しいってことは、伝えたいと思ってた」
ここ数年はずっと考えてきた。会社の存続とは、利益はもちろんだが、やはり人との出会いや、付き合いで大きく変わり決まるのだろうと。
それには、経営者の生き方を見せるのが必要だ。理不尽なことは人を不安にさせる。不安にならないように、健全な道をみんなが歩けるようにしたい。そのためには、いつか自分に会社を任せて欲しいと。
「長男とか次男とかそんなもん関係ないだろ。長男が後継ぎなんて父さんの中には、そんな考えは無いと思うよ?ね、父さん。そうだよね?」
陸翔が間に入り、それらしいことを言ったので海斗は笑って聞いていた。
陸翔の中では随分前に社長になることは諦め、海斗に後を継いでもらいたいと考え始めていたようだ。
「そうだな、後継者ともなれば長男次男は関係ない。上手く経営してくれれば息子ではなく別の人がやってもいい。だけどな…海斗がやりたいと思う気持ちがあれば応援する。息子だからというより、お前にはその器があると思うからだ」
これから10年は鍛えることになる。後継ぎとしては、まだまだ先の話だと父は笑う。
「10年後、20年後には、今よりいい会社になってるように頑張りたい。父さんが引退した後も、いい会社だって、そうみんなから言われるように努力するよ」
海斗はそう父と兄に伝え「母さんの手伝いをしてくる」と言いキッチンに向かった。
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