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第43話 海斗

「母さん、手伝うよ」 「あら?話は終わったの?」 キッチンに入ると母はひとりで料理を作っていた。海斗は手を洗い、母の隣に立ち、手伝いを始める。 「うん...もう大丈夫だよ。さっきちょっとだけ陸翔と言い合いになっちゃったけど、行き違いがあったからみたい。それがわかったよ。俺も今までちゃんと話をしなかったからさ、それがいけなかったのかも」 母は唐揚げを大量に揚げている。母の作る唐揚げは好きだ。醤油の味がしっかりついていて美味しい。 「あら、珍しい!二人が言い合いするなんて、そんなこと今までなかったわよね。海斗が我慢するからなぁ…だけど、遠慮しないで言いたいことあれば言っちゃっていいのよ。兄弟なんだし」 「俺ってそんな?そんなことないよ?別に我慢してることもないし…遠慮だってしてるつもりはないよ?」 母からはそう見えるのだろうか。我慢はしていないつもりだけど、確かに陸翔のやり残した仕事を引き継いだ時などは、話をしないように陸翔を避けていた時はある。 「ふふふ、海斗はねぇ、ポーカーフェイスが得意だもんね。嫌なこととか、辛いこととか我慢して、何もなかったように振る舞うじゃない?仕事では十分有効的に使ってるって父さんは言ってたけど…だから、海斗は、陸翔だけじゃなくて周りにも我慢してることあるんじゃないかなぁって、私は心配よ?可愛い息子だからさぁ」 鼻歌を歌うように喋る母を見ている。父と母は、やっぱり何でもお見通しなのかもしれない。 「俺って、小さい頃から変わってないのかな…成長してないってこと?」 「そうね…どうなんだろ。変わってないようで、変わったのかなぁ…だけど海斗は、小さい頃から人懐っこい顔して、実は人見知りだもんね。それと頑固、自分の信念は曲げないわよね。悪いことじゃないわ、いいことだと思う。その辺は陸翔とは違うし。陸翔は天然だから我慢したり、悩んだりなんてそんなにしないと思うの」 「あはは。そうだね、陸翔は悩んだりしなそう。そうかぁ…俺は我慢してるのかな。会社では衝突する部署とかもあって、話し合いしたりしてるよ?だからそんなに我慢してるつもりはなかったけど。だけど…まぁ、陸翔には遠慮してたかもね」 茹でたジャガイモが置いてある。ポテトサラダを作ろうとしているようだ。 「母さん、これ、ポテトサラダ?このまま作っていいの?」 「あっ、忘れてた!そうそう、ポテトサラダ作ろうと思ってたのよ。陸翔が好きだからさ。今から間に合うかな…海斗、そのボールを使ってやってくれる?」 陸翔が好きな食べ物なんて興味がなかったから知らなかった。だけど、母の作るポテトサラダは海斗も好きだ。 「海斗、手際いいわね。家で料理を作ったりしてるのね…何を作ってる?」 「ああ、うん。結構何でも作るよ。唐揚げもこの前は2kg作ったし…カレーも寸胴鍋にいっぱい作る。後は…餃子だと一度に200個は作るかな…」 「ええっ!すごい…って、あんた何でそんなに大量に作るの?ひとりでそんなにたくさんの量を食べてるの?」 ジャガイモの皮を剥いて、潰す作業は意外に面倒だ。母がひとりで作ろうとしている料理は手間がかかるとわかる。 「ああ…うーん、今は好きな人と同じマンションで部屋が隣同士なんだ。だから一緒に暮らしてるみたいな感じだから、その人の分もまとめて作ってるんだよ。だからひとり分じゃないよ、二人分」 「それにしても、多くない?その、海斗の好きな人って物凄く食べる人なの?」 「うん、すっごく美味しそうに、たくさん食べてくれる人だよ」 母は笑って話を聞いてくれた。キッチンで近況報告をしながら、出来立ての唐揚げを母と二人でつまみ食いをする。熱々だから火傷しそうだ。だけど、しっかり味がついていて相変わらず美味しい。 「母さんさ、ハンバーグ作るって言ってなかったっけ?作ってんの?ハンバーグ」 ポテトサラダが完成しそうだ。最後に味見をして欲しいと母にお願いをした。 「あはは、作らないわよ。だって、海斗そんなにハンバーグ好きじゃないでしょ?」 母と電話で話をした時には、海斗の好きなハンバーグを作ると言っていたはずだ。だけど、海斗がそんなに好物ではないことを母は知っているようだ。 「ははは、あれ?バレてた?俺の好物じゃないって」 「あれが食べたい、これが食べたいって言ってくれないかなぁって思ってワザと言ったのよ?ハンバーグ作るねって。そしたら、あんたが『うん』って返事するから…また家族にも遠慮してって思ってたわ」 「わかりにくい…そんな引っかけみたいな感じで聞かないでよ」 母はごめんごめんと言い、海斗の背中を叩いていた。 「海斗はいつもニコニコしてて、無理してないかなぁって、父さんも私も心配なの。素直に求めて欲しいなって思ってるのよ」 「うん、大丈夫だよ母さん。俺だって好きな人の前だと素直だよ。たまに甘え過ぎて子供みたいになっちゃうこともあるから、少し反省してるんだ」 「おおっ!やるぅ!海斗の口からそんなこと聞けて嬉しい!今度会わせてねその人」 うふふと、母は嬉しそうに笑っていた。それを見ていたからなのか、何故か母の前では素直に伝えることが出来ていた。 ◇ ◇ 「ふぅ…めっちゃ美味い…」 6個目のおにぎりに手が伸びている。昼はコーヒーだけで何も食べずにいたと、蓉は言う。だから今は食欲のターン。ひたすらおにぎりを頬張っている。 「何で食べなかったの…昼を抜くなんて蓉さんらしくない」 6個目のおにぎりを手に今は食欲旺盛の蓉だが、そんならしくないことを聞くと心配してしまう。蓉のことだと一際心配してしまうのに。 昼は母が唐揚げと豚汁、それに春巻きも作ってくれていた。海斗が母の指示で作ったポテトサラダを、陸翔は美味しいと言いながら食べていた。 帰る時に、母から大量のおにぎりと唐揚げ、ポテトサラダを手渡しされた。昼飯の後、急いでまた作ってくれたようだ。 それを今は蓉が美味しそうに頬張っている。昼は抜いたというので、いつもより食べているようだ。 「蓉くんと食べて!蓉くんは、相変わらずいっぱいご飯食べるようだし、今度お米を送るから!あっ、そうだ、これも持ってって。頂き物だけど、父さんと二人だと食べきれないから…もう!早く言ってくれればもっと頂き物があったのにっ!海斗は本当に一言足りないんだから。これからはちゃんと言ってよ?とりあえず、お米はすぐに送るわ」 と、言われた。 キッチンで母には『好きな人と一緒に暮らしている』と伝えたが、誰とは言っていなかった。 だけど、昼飯の時に陸翔が蓉と海斗は同じマンションの隣同士で暮らしていると、余計なことをペラペラと喋ってしまい、勘のいい母には海斗の好きな人が蓉だとバレてしまったようだ。 陸翔と蓉は大学時代からの友人であり、海斗の先輩でもある。そのため、両親は蓉のことを知っていた。 学生時代、蓉はよくこの家に遊びに来ていたから、蓉のことを『あのよく食べる子』と呼び、野村家では有名だった。 母にバレたなと思ったので、ついでにその席で『結婚はしない、子供はつくらない、でも生涯共に暮らす人はいる』と海斗は宣言しておいた。 陸翔は『それは誰だ!』とうるさく聞いてきたが、母には『上等よ』と言われ、父は笑っていた。 母の作ったおにぎりの具は鮭だった。美味しい鮭があった!と母は嬉しそうに言い、焼いておにぎりの具に入れてくれた。海斗の一番好きなおにぎりだ。 「このおにぎり…海斗のおにぎりと似てる。ふわっとしてて美味い。だけど、海斗のおにぎりより具が美味しい」 「美味しい鮭があったんだって、それを具に入れてくれたよ。だけどさ…おにぎりなんて、違いある?誰が作っても同じじゃない?」 「ちっがうんだよ、わかんないかなぁ。全然、違う。だけど、海斗と海斗のお母さんのは似てる。ふわっとしてて…なんだろ、ご飯の炊き方が似てるのかな、握り方なのかな…美味しい…それに唐揚げとポテトサラダもあって、マジ最高」 「ポテトサラダは、陸翔の好物なんだけどこれは俺が作ったんだよ。それなのにアイツ『母さんが作るポテトサラダは他と違うからすぐわかる!めっちゃ美味い』って言ってんの。だから、それは俺が作ったって言ってやったんだ。ウケるよね」 話を聞き、笑いながら蓉は唐揚げを頬張っている。実家からの帰り道は陸翔に車で送ってもらった。陸翔が車を買ったなんて知らなかった。だけど、大量の荷物を母に渡されたので、車で送ってくれて助かった。 「今度、母さんが久しぶりに遊びに来てってさ。蓉さんに伝えておいてくれって言ってたよ。同じマンションの隣同士に住んでるって陸翔がベラベラ喋るから、俺と蓉さんは毎日一緒にご飯食べてるって伝えといた。そしたら今度お米とか送ってくれるって言ってた」 「マジか、助かるよな!お米とかあると。よし、今度遊びに行ってご挨拶しよう。おにぎりありがとうございますって」 いつもの蓉になり、母からもらったご飯をたくさん食べてくれているから、少し安心する。 「だけど、そんなに忙しかったの?お昼も食べてないなんて。システム開発はさ、休日出勤しても間に合わない感じなの?」 そこは心配なところだ。三大欲求が強い蓉が、お昼を食べなかったなんて一大事である。 「そうじゃなくて…自主的に?っつうか、昼は何となく食べる気にもならなかったっていうか。だから、まぁいいかなぁって」 「えっ?昨日、ベッドで無理させたから?だから体調悪かった?」 「違う!違う!それはない。ほら、今日お前が実家に帰ってあの話したのかなぁってさ。ちゃんと話し合い出来たのかなって思ったら心配でさ…昼はソワソワしちゃって、昼飯はいらないかなって…」 蓉の言葉は、最後は尻窄みに声が小さくなっていた。今日実家に帰ることを蓉は知っていたが、海斗が肝心な話をすることは伝えていない。 「…よくわかったね、あの話するって。あの話は…したよ?した。これから会社の後継ぎとして認めて欲しいって話でしょ?話をするっていうか、なりゆきで伝えちゃった。でも、父さんにも陸翔にも、ちゃんと俺の本心を伝えてきたよ」 「…なんて言われた?」 顔を上げて海斗を見上げた蓉は、心配そうな顔をしていた。 「あはは、大丈夫だよ。父さんは喜んでくれたかな。陸翔は…ずっと前から俺がそう言うのを待ってたみたい。言い出しにくかったけど、伝えたら拍子抜けしちゃった」 「よかった…ああ、よかったな。まぁ、そうだよな、社長はお前からの言われ待ちみたいなとこあったんじゃないか?陸翔はきっと肩の荷が下りたと思うぞ」 蓉がホッとしている。海斗を心配して昼も食べられなかったなんて、そんなこと聞いて驚きだった。だけど、蓉に心配されてちょっと嬉しい思いもする。 「ここからまた新しくスタートなのかな。蓉さんと俺のプライベートも、仕事も。待っててね、俺、頑張るからね、蓉さん」 食事を終えた蓉を抱き寄せた。 「よし、これからまた愛を始めるか。海斗に出来ないことは俺がするから。とりあえず、今は目一杯お前を甘やかしてやろう」 「蓉さん、本当、最高!」 そのまま蓉をソファに押し倒した。

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