45 / 46

第45話 海斗

新しい部屋を二人で借り、引っ越しも無事に終わっている。 以前住んでいたところから近い場所にあるマンションに、引っ越しをした。 ベッドルームには、新しくダブルベッドを置き、二人が寝起きするのは、このひとつのベッドだけとなった。 お風呂は二人入れる大きさで、キッチン周りも広く、生活するには快適だ。 そして今日は、岸谷の家に行き、車を安く譲ってもらった。 「ついでに家でご飯食べていって!」と、玖月が言うので「喜んで!」と、蓉と二人でお邪魔した。 岸谷と玖月も、以前のペントハウスから大きな一軒家に引っ越ししている。だから、今日はその岸谷と玖月の新しい家に、遊びに行ってきた。 しかし、それはもう、何というか…男の本気を見せつけられた家であった。蓉と二人で岸谷のでっかい家の前で数秒、口を開けて見上げてしまった程だった。 「蓉くん!海斗くん!いらっしゃい。よかった…もうちょっと遅かったら迎えに行こうと思ってたんだ。ここ、わかった?前の家から近いけどさ、わかりにくいかなって思ってたんだ」 「いやいや、玖月さん…こんなデカい家、すぐわかるって」 岸谷から「この辺で一番デカい家だから」と言われていた。だからすぐわかる。 「えっ?そう?この辺みんな同じくらいでわかりにくいんじゃない?」 相変わらずちょっとズレた天然発言をする玖月に、蓉と一緒に苦笑いをした。 そんな玖月が、これでもかっ!というほどご飯を作って待っていてくれた。蓉の大食いのためである。 以前、二人で岸谷の家に遊びに行った時に、蓉の大食いを見ていた玖月は、今回はかなり張り切って準備をしていたと、岸谷が教えてくれた。そんな玖月が作ってくれた料理はどれも美味しく、蓉はペロリと平らげていた。 岸谷の家を後にする時、蓉が思い出したように玖月に伝えていたことがあった。 「あっ!そうだ、玖月さん。俺さ、岸谷さんみたいにヤバい感じになっちゃった。だから、約束通り玖月さん俺のこと笑っていいよ」 「えーーーっ!蓉くん!本当に?すごい!よかったね。えー…じゃあ今度紹介して」 と、二人はケラケラと笑いながら話をしていた。特に玖月が、キャッキャしていたから、玖月を溺愛する岸谷はそれを見て、鼻の下を伸ばしていた。 海斗は、そんな岸谷を横目で見ながら、何のことだろうと思っていた。 「紹介って…もう会ってるじゃん」と、蓉が玖月に言いながら海斗を指差した。 「えっ!うそーー!」と、玖月は海斗を見て更に驚いている。なんのこっちゃ…指をさされたこっちは何だかわからない。 「後でゆっくり岸谷さんにもお伝えください。あの時は本当にお世話になりました」 丁寧に蓉が頭を下げているので、何となく海斗もつられてぺこりとお辞儀をした。 譲ってもらった車に乗って、自宅まで帰ろうとしたが、せっかくだし、夜だし、明日は休みだし、少しドライブしようということになった。 行き先を決めないでドライブするのは、運転していても気持ちがいい。 「蓉さん?さっき岸谷さんとこから帰る時、玖月さんに言ってたこと、あれ何?岸谷さんみたいにヤバい感じって…」 「おっ!あれな、あれはさ…」 海斗と蓉が、はっきり気持ちを伝え合うことになった日。あの日、蓉は玖月と偶然会い、雨が降ってきたから雨宿りをするのに玖月に家に誘われたという。 その時、蓉の気持ちを玖月に聞いてもらっていたらしい。 「そしたらさ、俺のそのモヤモヤする気持ちは恋だって、玖月さんに言われたんだよ。その時、初めて俺はお前に恋してるんだって気がついたんだよなぁ」 モヤモヤするのも、恋なんだから仕方ないじゃんって、玖月に言われていたらしい。知らなかった。 「その相手が俺だってこと、その時は言わなかったの?」 「うん、別に言わなかった。これが恋なのかっ!ってそっちが衝撃的でさ。そんで、その時、もし恋が実って岸谷さんみたいに浮かれてヤバい感じになったら、俺のこと笑っていいよって、玖月さんと約束してたんだ。お前とこんな関係になるなんて絶対ない!って思ってたから、そう言ったんだけどな…」 「えっ!それでさっき紹介してって言われて、もう会ってるよって、俺のこと指差して玖月さんに教えてたの?だったら、もっとちゃんと付き合ってる人だって、紹介して欲しかったのに!」 「あははは、ごめんごめん」 知らないところで蓉は悩み、玖月に相談していたのか。そんなことはじめて知った。しかし、言ってくれたらもっとちゃんと挨拶したのに。 「…んっ?あれ?岸谷さん…?」 運転しながら、海斗は岸谷のことを思い出していた。 玖月はこの後、恋人である岸谷に「海斗と蓉は付き合ってる!」と報告するはずだ。 それは、蓉が「岸谷に伝えてといて」と玖月に言っていたから、必ず伝わるだろう。それは別に構わない。蓉と付き合っているのは光栄である。 しかし、岸谷…とは、確か以前、ドラッグストアで会ったことあるなと、海斗は思い出していた。 ドラッグストアで偶然岸谷に会ったあの時は、コンドームがない!と慌てて、蓉が寝ている間に、ドラッグストアまで海斗が買いに走った時だった。 蓉の三大欲求を毎日満たしていたあの頃は、コンドームは絶対必要だった。コンドームが無いと、蓉はセックスさせてくれなかったからだ。 今のように「中出しして…」とコンドーム無しでセックスをおねだりすることはせず「コンドーム!絶対しろ!」と言われ毎日セックスに明け暮れてた頃、海斗は岸谷にドラッグストアで会っている。 偶然会った時の光景が思い出される。 ドラッグストアのコンドームが陳列されている棚の前で、ボケっと突っ立ってる男がいた。海斗は、邪魔だなと思ったが気にせず、その男の横から手を伸ばし、お目当てのコンドームをヒョイと取った。 が、その後、その男が「あーーーっ!」と大声を出したから、びっくりして振り返るとそのボケっと突っ立ってた男は岸谷だったと知る。 あの時、ものすごく気まずかった… 海斗が岸谷の横からヒョイと取ったコンドームはドラッグストアではラスイチ。岸谷もそれを求めていたが、海斗が横から奪い取った形となったようだった。 しかし、岸谷は「まぁ、いいよ」と海斗の握りしめてるコンドームを見て言い、海斗も「あ、そうですか?」と言い、二人でヘラヘラ笑い合ってしまった。 結果、ラスイチのコンドームは岸谷が海斗に譲ってくれた。 「…やばっ!今まで忘れてた…」 「なんだよ…急に大きな声を出して…」 ドライブ中、眠くなったようで蓉は助手席でウトウトしていた。 「蓉さん、寝てていいよ…」 今日、玖月は岸谷に、海斗と蓉の関係を伝えるはずだから、あの時奪い取ったコンドームは蓉のために使うとわかるだろう。 いや、待てよ…岸谷だってコンドームを求めていたはず。あれは、玖月のために使うもの…だよな… 「いやいやいやいや…考えたくない!知り合いの!こーゆうの!考えたくないっ!」 「海斗…声が大きい…」 「あっ、ごめん」 助手席で、ウトウトと寝かかっていた蓉に叱られる。 独り言が大きく出てしまった。車の中とは、開放的になるのだろうか。 それに…と、海斗はまた別のことを思い出していた。 岸谷と玖月がペントハウスに住んでいた頃、スーパーでアドバイスをしたのがキッカケで仲良くなったため、海斗と蓉は家に招待されたことがあった。 初めて蓉と二人で岸谷の家に遊びに行った時、洗面所でコンドームを見つけた。 もちろん、使用する前の未開封コンドームである。しかし、こんなところに落ちているなんて…とびっくりしたことがあった。 帰り際、岸谷に「これ、洗面所に落ちてたよっ!」とコッソリ耳打ちし、渡して帰ったことがあった。 その時、岸谷は「これはお前のだろ?俺のではない!」と、ヒソヒソ声だが堂々と言い、すぐに受け取らなく、一悶着あった。 おかしなことを言う。 ここは岸谷の家だから、岸谷のコンドームのはず。そう海斗は思っていた。 だから「俺は外には持ち歩かないってば!」と、海斗もコソコソと小声で言い返し、その時は無理矢理岸谷に押し付けた。 ドラッグストアで、同じサイズのコンドームを取り合った仲ではある。 とはいえ、洗面所に落ちていたコンドームをお互い「お前のだろ!」「いいや、あなたのだ!」と、ほぼ無言で押し付け合いをしてしまった。 それに、あの時は時間がなく、玖月と蓉に聞こえたら何となくマズイから、めっちゃコソコソとした態度に二人はなっていた。 しかし…岸谷は洗面所でコンドームを使うようなことをしているのだろうか。落ちていたということは、そうなんだろう。 羨ましいような、ちょっと変態のような、複雑な気持ちが起きてしまう。 「あーーーっ!…あっぶねぇ、よかった」 ウトウトとし、寝ていたと思った蓉が急に大声を上げて助手席で慌てていた。 「どうしたの?寝ぼけた?」 「違う!いや〜…実はさ、帰り道でコンドーム買おうかなって思って、サンプル持ってきたんだよ。このコンドームが良いから、これ買おうって思ってさ…」 蓉はスリムパンツの後ろポケットからコンドームを取り出した。 「えっ!蓉さん、持ってきてたの?」 チラッと横目で見て驚く。蓉がコンドームを持ち歩いているとは思わなかった。 「コンドーム買う時はいつもこうやって、お目当てのコンドームをサンプルとして持ってきてんだよ。だけどさ、何回か落としたことあってさ…どこで落としたかわかんないけど、無くしちゃうことあるんだよ」 えっ…と、今の蓉の話だと、もしかしたらあの時、岸谷の家の洗面所で見つけたコンドームは… 岸谷が言ってた通り海斗のコンドームだったのかも?と思い始める。 「あのさ…蓉さん…前にも、岸谷さんの家に二人で遊びに行ったことあるでしょ?あの時もコンドーム持ってたか覚えてる?」 「ああ…えーっと…あっ!ある!そう!思い出した。初めて岸谷さんの家に、お前と一緒に遊びに行った時、あの時も帰りに買おうと思ってコンドーム持ってたはず。だけどさ、帰り道で落としたのかも。途中で無くしちゃったんだよなぁ、確か」 ビンゴ… あの時、岸谷の家の洗面所に落ちていたコンドームは、蓉が落としていったものだとはっきりわかった。 海が見えてきた。夜遅くだし、季節外れだから誰もいない。 車を駐車してから横を見ると、蓉は起きていた。さっきまでウトウトしてたけど、今はスッキリしているようだった。 「蓉さん、あのね、これからはコンドームを外に持ち歩かないで。わかった?切らさないように俺がちゃんと買っておくから。蓉さんが好きなコンドーム教えてね」 「うん、無くすのはよくないよな…」 「じゃあさ、今持ってるやつ。それは、今から使うよ?後ろの席に移動してよ」 「へっ?今?ここで?車の中で?」 「そうだよ!もう、蓉さんがそんなの持ち歩くからいけないんだよ。ヒヤヒヤするじゃん。きっと、会社にも持っていったことあるんでしょ。会社の中で落としたらどうするの!みんなが気まずいじゃん」 「ああ、うん、そうだよな…ごめん。これからは持ち歩かないって。って、何でそれで今から使うんだよ!関係ないだろ?」 「ダメ、お仕置き。今、ここでするから。使っちゃえば落とす心配ないし。ねっ?ほら、コンドーム出して」 「えーっ」と言う蓉を、強引に後ろの席に連れて行く。 二人で目が合うと何だか可笑しくてゲラゲラと笑い合ってしまう。 「蓉?わかった?」 「何が…」 「俺が蓉のことすごく好きってこと」 「…知ってる」 狭い車内で服を脱がしていくのも楽しい。 チュッチュと唇と頬にキスをしながらだ。 「海斗…?愛を始める?」 「もちろん。ずっと前から始めてるよ」 ずっと愛を始めてる途中がいいな。 終わりなんて見えないんだし。 だったらずっと愛は途中のままでいたい。 「海斗、好きだ」 呟くように蓉は言い、海斗の身体を引き寄せた。海斗の腕にも力が入る。 「蓉、愛してる。ずっとだよ?」 シャツを脱がせ上半身裸になった蓉が、下から海斗を見上げて笑ってくれていた。 end

ともだちにシェアしよう!