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第3話 このまま終わるくらいなら
夏休みに入ってからは、登校時に諒太郎と出くわす機会が減る……かと思いきや、お互い部活があるせいで、毎朝顔を合わせる日々が続いている。
だけど、諒太郎は俺を見るなりギョッとした顔をして、自転車をぶっ飛ばして俺の前から立ち去ってしまう。
これまでは一緒に歩いて駅まで向かっていたのに、俺を置いて自転車で行ってしまうなんて……と、俺は少なからず傷ついていた。
だが、あんなモノを見せられたあとでどんな顔をしていればいいのか、こっちだってもわからない。なので、距離を置かれることに安堵もしていた。
あの金平糖の効き目はとうに切れているのか、諒太郎の妄想は見えてこない。
そして同時に避けられ始めてしまったため、諒太郎が何を考えているのかさっぱりわからなくなってしまった。
——って、もともとさっぱりわかんないんだけどさ。少なくとも、俺のことは慕ってくれてたはず……なんだけど。
あのとき諒太郎は、俺の3P妄想をしていた。
どこをどう切り取ればそう見えたのか、俺にはまったくもってわからないのだが、万が一ビッチだと勘違いされていたら困る。非常に困る。
俺は諒太郎一筋なのに。
あいつらは仲のいい友達だし、部活仲間だ。そんなやつらと爛れた関係になるわけがない。あんな不毛な勘違いは、早急に解いてしまわねばならない。
とはいえ誤解を解くにしても、こっちから『3Pなんてしてないから!!』なんて諒太郎に申し出るわけにはいかない。諒太郎の妄想を覗き見たなんて言えるわけないし、そもそも信じてもらえるはずもない……。
せめて「おはよう」くらいは言いたい。だけど、俺が「おは……」と言いかけたあたりで諒太郎は豆粒。脚の長さのなせるわざか、諒太郎の漕ぐ自転車はスピードがすごいのだ。
あからさまに距離を置かれてしまい、俺は毎日泣きそうだった。
「はぁ……わっかんねー。どうすりゃいいんだよ、もう……」
ごそ、と夏服のポケットの中で、例の青い小瓶を握りしめる。
なんとなく家に置いておくと消えてしまいそうな気がして、いつもこうして持ち歩いている。
「また食べてみるか? これ……」
これを食べて諒太郎を見れば、少なくとも何か情報が得られるはず。
このまま永久に無視られるくらいなら、諒太郎の心を少しでも覗いてみたい。
……”覗き”というとなんだかすごく悪いことをしているような気がするけれど、今の俺はこの金平糖に縋るしか手段がない。
「……よし、今夜決行だ。これ食って、なんか理由つけて諒太郎んちに行ってみよう」
今朝、母さんが「夜でもいいから、お裾分けの桃、諒ちゃんちにもっていってくれない?」と言っていた。母さんの頼み事に生返事だけを残して家を出てきたけど、お裾分けを持っていくという大義名分があれば、俺は諒太郎に会うことができる……!!
「よし……俺はやるぞ」
ぐ、っと拳の中に瓶を握り締め、俺はもくもくと入道雲が浮かぶ青空を見上げた。
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「……ち、千夏くん? どうしたの」
ピンポーン、と呼び鈴を鳴らすと、気まずげな諒太郎の声がスピーカーから流れてきた。
俺はカメラに向かって桃の入った袋を見せ、「お裾分け、もらってくんない?」と声をかける。
するとしばらく無言ののち、小さな電子音と共に玄関の門扉が開く。俺は鼻息も荒く門扉を開け、つかつかと大股で玄関ポーチへと向かった。
すると、ほどなくしてドアから諒太郎が顔を出す。
困ったような顔で、ひょっこりとドアの隙間から顔を覗かせている諒太郎の可愛さに、まず俺は心臓をぐわっと鷲掴みにされてしまう。
小首を傾げるとさらりと揺れる黒髪は相変わらず綺麗だし、空手部に入っているというのに、相変わらずほっそりとした体つき。
外では立派な高校一年生をやっている諒太郎が、こうして不安げな顔をしているとどことなく幼さが垣間見えて、なんだかものすごくグッとくる。
——わ、わぁ……ひさびさに間近で見る生諒太郎、可愛すぎる……
また背が伸びたらしい。さらに近づいてみると、俺は否応なしに斜め上を向かなきゃならなくなった。それは若干屈辱だが、可愛いので許せてしまう。
「……お裾分けって何?」
「え? あ、えーと」
そこで桃を渡して立ち去ればいいようなものだが、今日の俺にはやることがある。なのでやや強引に、「なんか蚊がいそうだから、中入ってもいい?」と諒太郎に尋ねてみた。
「え? ああ、もちろん……どうぞ」
「ありがと! う、うわ〜涼し〜!」
たぶん相当ぎこちない感じだと思うけど、俺はまんまと諒太郎の家に入ることに成功した。
そして諒太郎も、俺を前にしてぎこちない雰囲気だ。……だが、まだあのモヤは見えない。ここへ来る直前に、俺はあの薄桃色の金平糖をふた粒ほど噛んできたのだが。
「あれ? 今日、おばさんたちは?」
「おばあちゃんが軽い熱中症を起こしたみたいで、今日はそっちに泊まるって。父さんは来週いっぱい海外出張」
「あ、へえ……そう。諒太郎、一人なんだ。大丈夫か?」
「大丈夫に決まってる。僕はもう高校生だよ?」
「あ……そ、そうだよな。あはは、そりゃひとりで留守番くらいできるよなぁ」
「当たり前だろ、むしろ気楽なくらいだし」
子ども扱いされたことにふてくされてしまったか、諒太郎はやや頬を赤らめて目を伏せた。
すると……。
——……え?
ぽんっという微かな音とともに、例のピンク色のモヤが、軽くうつむく諒太郎の頭上にもわんと浮かんだ。
ごしごし、と目をこすってみても、ぱちぱちと瞬きをしてまた目をこすってみても、そのモヤは確かにそこにある。その上、そのモヤの中では……。
『うっ、ぁ……ん、ばか、やめろ……だれかきたら……ンっ』
『どうせ誰も来ないよ。知ってて僕に会いにきたくせに』
『ちがっ……はなせよばかっ! おれはただ……ンっ、おすそわけを……ぁんっ』
『本気? 千夏くんのカラダは、全然離して欲しそうじゃないけど……?』
『ぁ、あん、んっ……!』
玄関ドアに手をついて、着衣のまま尻だけを突き出している俺。
そしてその俺を玄関ドアに押し付け、余裕の笑みを浮かべつつ立ちバックで攻めまくっている諒太郎。
……というAVでよく見る感じの映像が、はにかんだ表情を浮かべるリアル諒太郎の頭上に、見える。
『ぁ、や……っ! ちんぽさわんなっ……っ、ぁん、ん……ッ!』
『へぇ、前と後ろ、一緒にされるのが好きなんだ? ああ……気持ちいい、絞り取られそう』
『ん、んんっ、ちが……! や、やめろってばぁ……っ』
『ああ、イキそ……出すよ……!』
『このばか……っ、なかだしするなんて……んんっ』
——おいおいうそだろ……ピュアそうな諒太郎が、無許可で中出し……っていうか、相手、俺!?
諒太郎が、妄想の中で俺を抱いてくれている!!
喜びのあまり全身が粟立ち、俺はあんぐり開いた口を片手で押さえた。
なんということだ。つまり諒太郎は、男の俺を、そういう目で見ているってことだ。
ただ親愛なる兄気分として懐いてくれているだけではない。シチュエーションなどについては一旦置いておくとして、諒太郎は俺を、性愛の対象と捉えているに違いないということだ。
『ああ……可愛い、可愛いよ千夏くん。上の口では僕を責めるのに、下の口では全然僕を離さないんだから』
『うるさいっ……ばかやろう、こんなことして……んっ、ただじゃおかないんだからな……っ、あん、あっ』
『ほら、またそういうこと言うだろ? もっと僕を責めてもいいんだよ? やめてあげないけどね』
言葉責めのチョイスがちょいちょい気にはなるけれど、こんなものを見せられても、俺は全然不快じゃなかった。
むしろこういうことをされてみたいと身体が騒ぎ始めている。諒太郎がそういうことをしたいのなら、喜んでこの身を差し出したっていい……!
モヤの中の諒太郎は、萎えを知らないスーパー攻め様さながらの余裕の笑みと雄々しい腰つきで、あいも変わらず俺をズコバコ犯し続けている。
そして当の俺はというと、口では『ばかやめろ抜け』などと言っているけれど、表情は完全にトロトロのとろけ顔。ずんずん突き上げられるたびに口から漏れる喘ぎの語尾には、確実に『♡』がついていそうな甘え声だ……。
——いつから俺でこんな妄想をしてたんだろ。……っていうか、なんか、こんなもん見せられたら、俺のほうも……。
熱が集まりかけている股ぐらのあたりがむず痒く、勃ちかけているのがわかる。金平糖の効果は改めて確認できたし、諒太郎が俺にエロスを感じていることはわかったわけだから、今日はこのまま帰ったほうがよさそうだ。
「……え、ええと。じゃあ俺帰るから、戸締りだけはしっかり、」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「え?」
パッと顔を上げた諒太郎の頭上から、モヤがふっとかき消えた。
名残惜しさと焦りをないまぜにしたような表情で見つめられ、俺の心臓はドクン! と大きく跳ね上がる。
——うう、くそっ……! あんな妄想してるくせに、可愛い顔で俺を引き止めやがって……。
「久々に上がっていけば? こんなにたくさんもらっても、桃、食べきれないし」
「あ……あ、うん。じゃあ、ちょっとだけ」
股間は騒がしいままだが、諒太郎に引き止められては断れるわけがない。俺は素直に靴を脱ぎ、じんじん疼くあそこを刺激しないよう、静かにフローリングの廊下に足を乗せた。
居心地悪さをごまかすべくうなじを掻きつつ、俺はちら、と諒太郎を見上げた。……というか、見上げなくてはならないほどの身長差が生まれていることに初めて気づく。キュンとするような複雑なような……微妙な気分だ。
「も、桃一個食ったら帰る」
「う、うん……! すぐに剥くよ」
桃の入ったビニール袋を大切そうに抱え、諒太郎はぱぁぁと顔を輝かせた。
無表情だと果てしなくクールに見える黒髪色白の凛々しい美形が見せる無防備な愛くるしい表情に、俺の心臓は鷲掴み。……だが。
——あ、あれ? また?
早足にキッチンへと向かう諒太郎の後ろをついて歩き始めたとたん、モワンッと軽やかに諒太郎の頭上に例のモヤが浮かび上がった。
『……ばかやろうっ……どこ、なめて……! ンぁ、ふぅ……んっ』
『桃よりずっと、こっちのほうが美味しいなぁ。……ねぇ、もっと脚を開いてよ、舐めにくいだろ?』
『ぁっ……! 舌、挿れんな……ぁ、あっ……ん、ん』
ズボンを脱がされ四つん這いにされた俺の双丘に、諒太郎ががっつり顔を埋めている……。
俺の後孔を舐めほぐしているのだろうか。時折、いやらしく濡れた音さえも聞こえてきて、あまりのエロさと果てしない羞恥のあまり、俺はめまいを起こしそうになった。
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