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第5話 性の目覚め side諒太郎
「え……うわ、なにこれ……」
夏祭りの前日。
深夜の勉強の息抜きにSNSを開いてみたら、淡いピンク色の広告がポンと姿を現した。
綺麗めなイラストで、パッと見は乙女ゲームかなにかのようだ。だが、何やら様子がおかしい。
物憂げな表情をした美形王子は半裸。しかもその隣にいるのは可愛らしい姫ではなく、半裸の屈強な褐色イケメン大男。二人の下半身にはどういうわけか真っ白なエフェクトがかかっていて、なぜか小刻みに揺れている。
この規則的な動きがなんなのかくらい、エロ耐性のない僕にも分かる。……どうやらこれは、エロゲの広告だったようだ。
これまでこんなものが表示されることはなかったためひどく動揺したが、思い当たる節がないわけじゃない。
十中八九、僕が血眼になって男同士の付き合い方についてネット検索をしていたせいだ。そういう嗜好をもった人間だということが、スマホに学習されてしまったのかもしれない。
「……広告を見るだけ。エロゲをするわけじゃない、紹介動画とか、そういうのを見るだけ……」
ぶつぶつと小声でそう呟きながら、僕はピンク色の広告をタップした。
バン、と表示されたのは、色気ムンムンの表情を浮かべた王子と褐色奴隷風大男がセックスしているアニメ風の動画だった。
狭いバナー広告からスマホ全面に飛び出してきた王子様は、「お前のごとき卑しい奴隷が高貴なるわたしに触れるなど許されることじゃない云々」と訴えている。だけど表情は完全に快楽堕ちしているし、白抜きされた股間のモノの角度からして完全に勃っている。先端から迸っている白濁のたっぷりさ加減からして、相当滴っている様子も見て取れて……。
「こ、これがいわゆる快楽には逆らえないっていう状況……? ……はっ、だ、だめだ、未成年がこんなもの見ちゃ……!!」
うちの両親は厳格で、僕は幼い頃からさまざまな行動制限を受けてきた。
漫画はダメ、テレビもダメ。海外の児童文学書なんかの小説はOKだけど、ポップな絵柄で親しみやすそうな表紙のついた本はNG。恋愛ものやホラー系みたいなものも、ダメ。
両親の基準で、僕の集中力を阻害しそうな作品は一括アウト。
子どもはなるべく幼いうちから高尚な文化に触れ、勉学に勤しむ姿勢を身につけておかねばならない……そういう考えのもとで子育てをしている人たちだ。
それが割と普通じゃないってことがわかってきたのは、小学校の2、3年生になったあたりだっただろうか。
あまり記憶にはないのだが、僕は小学校の”お受験”に失敗している。そのため公立小学校に通っていたけれど、両親はいつも不満げだった。
成績だけは良かったけど、公立小学校のクラスメイトたちと話が合わず、僕はいつもひとりだった。
漫画や本の貸し借りもできないし、テレビの話も全然わからなくて、愛想笑いさえできない僕と、誰が友達になりたいというのか。いじめられずに済んだのは、僕の身体がクラスメイトたちよりも一回りは大きかったためだろう。物心つく前からスイミングスクールと体操教室に通っていたおかげか、僕は身体能力も高かった。
とはいえ、高校生にもなれば、親の目をかいくぐって好きなものを摂取することはできるようになってくる。
家から少し遠い場所にある塾に通い始め、スマホを与えられるようになってからこっち、僕はこれまで奪われてきた機会の全てを取り戻すようにさまざまな情報を摂取しまくっていた。
多少の自由は手に入れたものの、身に染み付いた真面目さは健在だ。
まだ15歳の僕が、18禁コンテンツを目にするなんて許されないことだ。絶対にダメだ。だって、こんなものを見てしまったら、勉学に集中できなくなる……!!
「な、なにこれ、三人で……? えっ? どういうこと? 口と、お尻の穴に……? そんなことして大丈夫なのか……?」
奴隷に喘がされている短いプロモーション動画が終わり、今度は肌色多めのスチル画像が展開されてゆく。
どのイラストでも王子は複数のガラの悪そうな男に取り囲まれ、あんなことやこんなことをさせられていて——……全身がカッと熱くなり、気づけば僕は、小さなスマホ画面に食らいつくように凝視していた。
美しい金色の長髪を鷲掴みにされながら前からは口にあれを頬張らされ、後ろから突っ込まれ。両手に握らされながら脚を大きく開かされて揺さぶられていたり——……どの画像もあまりにもいやらしくて、僕は脳みそを直接鈍器で殴られたかのような衝撃を受けていた。
しかも、王子の表情がものすごくいやらしい。口では奴隷たちを罵倒しているのに、ピンク色の乳首は震えるほどに尖っている。表情は淫らに蕩けていて、瞳の奥や喘ぎ声の語尾にはハートが描かれていた。どこからどう見ても気持ちよくよがっている顔だ。
——男同士でも、こうやってエッチなことができるんだ。リアルでもこんなふうに気持ち良くなってもらえるのかな……。
ぱっと脳裡に浮かぶのは、向いに住んでいる千夏くんの顔だった。
僕よりもずっと小柄だけど、カッコよくて、おしゃれで、可愛い、僕の憧れの人。
第一印象はそんなによくなかった。
真面目に生きてきた僕とは違っていかにも遊んでそうな千夏くんだ。絶対話なんて合うわけがない。真面目にやってる人間を小馬鹿にして嘲笑うようなタイプに違いないと、勝手に決めつけていた。
だけど千夏くんは、不良に絡まれていた僕を颯爽と助けてくれた。
すごくカッコよかったし、そのあとも僕のことを気遣ってくれて、すごく嬉しかったのを覚えている。
話をしてみると、千夏くんは結構世話好きで、部活に熱くて、見かけよりもずっと真面目で優しかった。これまであまり友達と親しく付き合ってきたこともなかったし、年上からはたいてい”生意気”だと嫌われてきた経験しかなかったものだから、僕は千夏くんから注がれる優しい眼差しが心地よくてたまらなかった。
ちょっと言葉を交わすだけでも嬉しくて、もっといろんなことを褒めてほしくて、僕はこれまで以上に勉強を頑張れた。今度は千夏くんを守れるようになりたくて、親の反対を押し切って空手部にも入った。
そう、千夏くんは憧れの人。……そのはずだったのに。
「はぁ……はぁっ……は……」
気づけば、手のひらが生暖かい白濁液で濡れていた。
僕はあろうことか、数人の男に抱かれて喘いでいる王子の顔に、千夏くんの姿を重ねていた。
大好きな憧れの存在が、男たちの手によって快楽に堕とされているなんて、目を覆いたくなるほど悲劇的なものであるはずなのに……僕は。
「だ、だめだ。なにやってるんだ僕は……! 千夏くんが、そんな……ダメだよ……」
大慌てで手を拭いながら、僕はありえない妄想で千夏くんを汚してしまったことを心底恥じた。千夏くんに申し訳なくて、今にも泣き出してしまいそうな気分だった。
だけど、脳に強烈に焼きついてしまった妄想は、なかなか消えてはくれない。
ほっそりとした千夏くんの身体を思い出すだけで、僕の股間はふたたび熱く滾ってしまう。
くりっとした大きな目、大きな口を開けて清々しく笑う千夏くんの爽やかな表情が、あの王子のいやらしい表情と重なって、薄汚れた快楽にとろける様をついつい妄想してしまい……僕は、立ち上がれないほどに興奮してしまったのだ。
「だめ、だめだよ……!! 千夏くんを抱くのは僕だけだ……僕以外の男に触れさせたくなんかないのに……!! ぁ、……う、千夏くん、千夏……くッ……」
たったひとつのエロゲ広告のせいで、僕はすっかり性の虜になってしまった。
初めて目にしてしまったそれがあまりにも刺激的なものだったせいか、僕はその晩ほとんど眠ることさえできなくて、悶々と下半身を膨らませながら地獄のような夜を過ごした。
果たして、これは普通なのだろうか。こういう経験は、15歳では遅すぎるのだろうか。
この疑問を誰に尋ねることもできなくて、僕は布団の中でちょっと泣いた。
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