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第10話

 空港で、暁は珍しく憤慨していた。それは、達彦が着いていくと言い出し、聴かなかったからだ。  達彦の方も、こんなに反対されてもその理由に納得が出来ずに憤慨していた。 「兎に角! 絶対に! 輝基くんから1メートルも離れるな! トイレもだ! 絶対にだ! そうでなければ、そうでなければ!!!」 「そうでなければ何なんです!!!!」  恥ずかし気もなく空港で怒鳴り合っている。 「二人とも、いい加減にしてください。暁先生も心配の度を超えていますし……達彦も、普段優しい暁先生がこんなに怒っているんだから、ちゃんと聞き分けないといけないと思うよ……」 「だって、だって!!」  二人とも怒りで語彙力を失っている。 「ほら、もう飛行機の搭乗時間ですから……」 「本当に、本当に来るつもりか……」 「行きますよ」 「ふん! 勝手にしろ!!」  輝基は、あたふたするばかりだ、こんな二人を見たことが無ければ、想像すらした事が無い。驚きを隠せない。  不貞腐れた達彦はヘッドホンを装着して、映画を見始めた。 「輝基くん、本当に絶対に離れないでくれよ」 「トイレも、付いて行きます。必ず」 「輝基くんより強いαだって、居るかもしれない」 「そうですね……」 「甘く考えないでくれ、我々の国はとても安全なんだ」 「仰る通りです……」 「これ、預けておく。これがあればそうそう部屋から出ないだろう」 「何かあるんですね」 「何も無い」 「わかりました」  あると考えた方が良さそうだ。達彦の体質に関わる物だろうかと考える。話す気は無いらしい。  輝基は飛行機の中でも、ずっと達彦の側を離れなかった。 「このくらいは言うこと聴くよ……」  翌日の学会直前まで、達彦と輝基はホテルの部屋から出ない事になった。 「偉いじゃない」 「元々反対されてたけど、空港でもあんなに怒るなんて思わなかったよ……」  達彦は、信頼している人からの初めての怒りに、困惑し、悲しそうにしている。引っ込みがつかなくなったのは、喧嘩の経験が浅く、どうしたら良いのかわからなかったからだ。謝る事も咄嗟には出来ず、怒鳴られて言う事を聴く程殊勝な性格でも無い。 「理由も曖昧だし、よくわからないよ」 「そういう事だってあるよ。でも、ほら。先生こんなものを用意してくれたよ」 「何? データチップ? 古いね」 「リーダーが必要そうだね」 「あるよ」 「あるんだ……」  スーツケースの中から、パソコンとリーダーを取り出して読み込ませて行く。 「なんだろこれ……」  外国語で手書きされた論文のような、メモの様な物をスキャンしたデータだ。それは、Ωの卵巣と子宮とを摘出する為のメモ。その注意事項は、特定の誰かの具体的な数字、メスを入れる位置や角度に至るまで執拗に細かく書かれていた。しかも、どうやら前半が抜けているらしい。  癖のある文字は読むのも一苦労、所々単語が間違っている。 「うふふ……」 「マッドサイエンスコレクションか……」 「輝基さんは、この手術出来ます?」 「そりゃあ……病気で全摘することはあるからね。今も精神が崩壊する前に確実に同意が取れた場合は卵巣の摘出はやるし……でも、男性Ωは特に症状が収まる確率にむらがあるから俺はどうかと思ってるよ。あと、こういう闇手術みたいなのは、後遺症とかも怖いね」 「僕はサインして常に持っていますよ。いつ崩壊してもいいように。意識が回復しなかったときの為の安楽死と、それから臓器提供とか色々、あと、献体と」 「そうか……」  Ωは常に崩壊と隣り合わせだ。 「あ、他にもあるな。ええっと、おぉ! おおお!!! 薬のやつだ! さっきのと同じ字ですね。思いつきのメモ書きでしょうか。βへの遺伝子活性剤投与の理論だ……未発達の生殖器官を活性化……? 理論のメモだけみたいだけど……βの中に潜んでいるΩ遺伝子の活性化か……理論上可能って事か……αとΩの子供のβの場合……」 「確かに、βでもαかΩの生殖器官が多少発達している人も居るな。中にはかなり近い人も居る。単に発達しきらなかった人がβとも言えるし、異常発達したのがαやΩとも言える。遺伝子プールは雄大で千差万別だ。それにしても何で暁先生はこんなものを……?」 「僕の趣味の為に集めたんでしょうかね? 仲直りのプレゼントかな?」 「そうかもね、良かったね。後で達彦も暁先生に謝るんだよ。内容についてじゃない、単にあの時引っ込みがつかなくなった事に謝るだけで良いから」 「うん……」  しょんぼりとしてしまった達彦を、輝基は抱き締めて慰める。達彦は輝基の匂いで少しリラックスした。 「僕にとって、暁先生はとても信頼出来るんだ。たまに、父親が居たら暁先生みたいなのかなーって思う。少し適当で、ふざけた事するけど、仕事には真剣で、まっすぐでさ」 「そういえば、どうして達彦はΩの学校から出たの?」 「あそこに居ても、Ωとしては何の役にも立たないから……」  達彦は、記憶のある限りで家族に会った事がない。乳母の様な人の元で育ち、Ωであることが判明してからはΩの学校に入学した。ずっとΩに囲まれて暮らしていた。いずれαの元に嫁ぐ為に、誰からも傷付けられぬ様に守られ、マナーや一般教養を教えられる。  そして、ヒートが来るとベッドのマナーまであった。達彦は一度限りで拒否した。学校側はそんな達彦を容認した。達彦は小川にとって、ただ殺すわけにはいかない存在というだけと考えた。  だとするならば、この命はいつ尽きても良いもので、抑制剤を使いながら日々を過ごした。  そこに、保健の基礎知識として、暁は度々講演にやってきたのだ。暁は嫁ぐまでは如何に抑制剤と避妊薬が大切化という事を説いた。決められたパートナーや、思いあったパートナー、関わりなく、その時が来るまできちんと使う事を勧めた。そして、残った時間で薬学について面白さを語った。  Ωの学校では、一般教養の他には良きΩになるマナーばかりを教え、職業に結びつく話はなかなか聴くことが出来ない。 「暁先生、僕も薬の勉強がしたいです」 「……暗記は得意かな? あと、数学」 「いつも数学はクラスでは一番です!」  達彦は、暇を持て余して勉強しかしていなかった。スポーツも嫌いだ。 「私が先生をやっている大学の医学部でね、この前Ωの子が初めて卒業したんだ。お医者さんになったんだよ。薬学部にも入れるよ」 「Ωでもお仕事出来るんだ……」 「勿論だよ。抑制剤と避妊薬のおかげで、仕事を持てるΩがどんどん増えているんだよ。もし、君がこの学校を卒業しても、まだ勉強をしたかったら連絡しておいで」  それが、暁との最初の出会いだった。 「考えてみれば、あのΩのお医者さんって、黒岩先生の事ですよね」 「そうかもね、黒曜大学医学部ではΩ初の卒業生だから」 「あーー僕ってずーっと、黒岩先生に憧れてたんだなーなんだか好きなの、フニャっとしちゃう」 「きっとそれは、俺の父親だからに違いない。きっとそうだ」 「Ωの父親に嫉妬するんですか……」 「ああ、するね。マーキングしとかなきゃ」  達彦の頬を掴んで唇を重ねた。 「はっはうっ……」  しつこくて長い口付けに、達彦は息も絶え絶えだ。  ヒートでもない時の性行為は、達彦にとって少し恥ずかしい事の様だ。 「どっちがいい?」  輝基は、膝に抱えてた達彦の中で、排泄器と生殖器を分ける部分を指で撫でる。 「うっ……わかんない……どっちも好き……」 「マーキングしたいし、使わないときつくなるから、今日はこっちにしようか」  肉癖で出来た蓋を開く様に刺激していた輝基の指は、優しくふわりと生殖器に入り込む。 「ふぅ……はぅあっあっ」 「もう気持ちよくなってる……初めての時は苦しかったのにね」 「だって、入れるの上手だから……輝基せんせぇ……」 「気持ち良くさせる目的ではないんだけどね……」 「輝基せんせぇの……内診痛くないから好き……ちょっと想像してた……」 「こうされる事?」  充分に分泌液が出てきた所で、敏感な所を撫でる。 「やぁっいっいっく、いくっ!!」 「指だけでいっちゃった。かわいいねえ」  柔らかい生殖器をマッサージするように解す。充分に柔らかくなると、自分のものを達彦に押し当てる。 「このままするの……?」 「自分で入れてごらんよ、気持ちいい様に」  輝基の肩に手をかけて、ゆっくりと腰を下ろす。 「そのままだと後ろに入っちゃうよ?」 「うぅ……出来ない……やって……ちゃんと入れて……」  もぞもぞ動いているのが妙にかわいいが、諦めが早い。 「我慢出来ない?」 「出来ない……」 「じゃあ、達彦からキスしてくれたら入れてあげるよ」 「うぅ……」  ヒートの時は自ら吸い付いても、普通の性行為ではなかなか恥ずかしい。  輝基の頬を支えて、少し傾げた顔を近付けて、一瞬だけ唇をつけると、後頭部を抑えられ、離れない様に止められた。そして腰の位置を調整すると、じんわりと侵入してくる。 「ぅぅうああっあああっ!!」  やはり、達彦は入れただけでいってしまう。 「お腹いっぱい……くるしぃ……このへんまでいる……」  達彦は下腹を指差す。 「嬉しい?」 「うん……」  輝基は達彦に入ったまま身体を持ち上げて、デスクからベッドに移動した。 「ヒートの時はもっと入るけどね。もっと大きくなるし……」 「うん……でも、今も好き、気持ちいい……」 「俺も気持ちいいよ……」  ゆっくりと、波の様に揺れる。二人の息が重なる。輝基のお腹に、達彦の物が擦れる。 「はあっまたっいきそう……いきそう……」 「もうちょい我慢しようか?」  動きを止めてしまう。 「あっ意地悪だ……」 「だって、もっと見てたい。気持ち良さそうな顔、じっくり見たい」  落ち着くと、再び動き出す。それを、何度も何度も繰り返す。  結合部がグチャグチャに溶けて、いきそうになる間隔がどんどん短くなる、終いには少しでもうごくといってしまいそうになってくる 「もう、いかせてぇ……」 「うん……いこうか……」  輝基が揺さぶると、達彦はすぐにいってしまう、そのいっている締め付けに、輝基も自身を押し付けて、射精した。 「うん、満足の匂い……」  風呂に浸かると、きちんとマーキング出来ている事に輝基は満足した。このマーキングは気休めだ。俺に勝てるなら口説いてみればいい。という程度の物だ。αの社会性では比較的有効だ。しかしヒート中のフェロモンはそんな脅しを凌駕するほど、αを誘う。 「帰ったら、番にならないか?」 「え……」 「元々番を作る気なかったみたいだし、もう少しゆっくり考えてもいいけどね……」 「もし、番を作るなら、輝基さんがいい……とは思う……」 「ゆっくり考えていいよ、待ってるから」 「はい……」

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