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第11話

 学会本番、スクリーンに映し出される資料と、研究発表、その後の質疑応答。活発な会場に達彦は夢中になった。ピッタリと輝基と暁にくっついて。  βが大多数ではあるが、αも数人は居る空間に、Ωがたった一人。中には輝基と同等のαも居る。達彦はそんな事は気にもしないで夢中になっている。輝基からすると、Ωとしての自己防衛本能がゴミのようだと思った。輝基自身は、研究内容に気になる物もあったが、それどころではない。  暁教授はフェロモンを感知出来ないが、キョロキョロと警戒している。正直、ちょっと怪しい。    研究発表が終了し、皆がザワザワとし始めた時に、輝基を含む数人のαはガバッと立ち上がり、周囲を警戒した。殆ど威嚇に近い空気を出しながら、静かに五感を研ぎ澄ませて状況を判断している。立ち上がった者達は目を合わせてはすぐに離しながら、一人一人確認する。  その姿で状況を理解した暁は、達彦を腕に抱える。 「消えた……」 「すぐに戻るぞ」 「達彦、絶対俺から離れないで」 「はい……」  そそくさと、達彦を挟んで会場を抜け出し、エレベーターで部屋に向かう。    扉をしめると、ふと息をつく。 「明瞭に威嚇されましたね」  達彦は、項垂れた。 「ごめんなさい。きっとΩが居たら嫌な人が居たんだね……先生、反対したのに……無理矢理来てしまって……あんなに怒鳴ってしまって……」 「いや……私も大人気なく怒鳴ってしまった……すまなかった……この国が危険なのは君が悪いわけでは無いのに。もっと事前に、落ち着いて話をすべきだった」   「とりあえず、私は交流会に行ってくる。他の人が何か知っているかもしれないし、立ち上がったαの中に知り合いが居たから、話してくるよ」 「僕は部屋から出ない!」 「俺は達彦から離れない」  それぞれにやることを確認する。 「食事は帰りに持ってくるから、それまで部屋を開けない様にね。戻る時は外から電話をするから」 「わかりました」    暁は賑やかな交流会に入っていき、目的のαを探す。背が高くてよく目立つその人の方も、暁を探していた様だ。 「タツミ! 久しぶり! 会いたかった!!」 「久しぶりだな!」  留学時代の友人だ。 「キミヒロは元気か?」 「いや、帰国以来、会ってないんだよ」 「どうしてだ……君達仲が良かったのに……」 「いや、キミヒロは高嶺の花だよ、国に帰ってしまえば、僕ではとても近付けやしないよ」  学会に参加する事が決まって、すぐに連絡した信頼出来る友人だ。 「さっき、うちの連れや君達αが警戒していたが、何だったんだい?」 「わからない、すぐにそのへんを見回ってみたけど、何もなかった。わざと嫌がらせをされた様な感じだったね、目的があるとすれば、恨みを買ってる人はいるけどね……」  クリスの視線の先には、αと思われる女性がいる。あの警戒騒ぎで立ち上がっていなかった。恐らく、敢えて反応しなかったに違いない。 「彼女が、例の研究泥棒さ……」 「そうか……」 「それより、あっちの方が良いだろう……実質的に研究しているのはあっちだから」  そちらの方は、研究者らしい、素朴な見た目の女性だった。 「わかった、ありがとう」 「どういたしまして」    暁は素朴な女性の方に向かった。 「はじめまして、黒曜大学の暁巽です」 「はじめましてではないのよ、同じ学校にいたわ。ミシェルよ」 「そうでしたか……」 「私はあなた達と違って目立たないタイプだから」  握手を交わす。 「私は貴女達が製品化したエヴァについて興味があります」 「暁、私も貴方の論文はいくつか見ているの。本当の開発者を知りたいのでしょ? 恐らく貴方の同級生のあの子だったはずよ、あなたの方が詳しいのではなくて?」 「彼女は、何処に……」 「あら、知らないの? あなたが帰国してから沢山の訴訟を抱えて消えたわね、私にも居場所はわからないわ」 「そうですか……」 「でも、その訴訟の代理をしたのは、確か貴方達の仲良しのあの身形のいい友人だったんじゃない?」 「そうですか……ありがとうございます」    暁は、呆然とした。しかし、もう何十年も連絡をしていない。知っている連絡先も、まだ使えるのか不明だ。  達彦の進学の頃から、一方的に暁の研究室に書類が届き、彼のオフィスに必要な物を返送する事はあった。手紙はない。本人に実の親を知らせていないため、達彦本人ではなく暁に送ってきたのだ。  ただ、その出来事は暁が達彦に接触し、関わりを持った事、そして達彦の意向を知っているという事である。事実達彦が薬の副作用で卒倒したときの精密検査の費用は勝手に振り込まれていた。今でも何処かで間違いなく観察しているだろう、空港での喧嘩も伝わっているかもしれないことに気が付き、少々バツが悪い。  そして、達彦本人だけではなく、総ての元凶とも言える人物の面倒もみていた。  暁が平穏に暮らせたのは、彼のおかげなのだ。  ひとまず、ここに居ても知りたいことは無いと判断し、暁は会場を後にした。    エレベーターに乗ると、ガタンと緊急停止して、総ての電気が消えた。暁は焦った、しかしエレベーターは自動着床装置により、再び同じ階で扉が開いた。  開いた先でも停電は続いていおり、暁は急いで部屋に戻ろうと非常階段を目指した。  ただの停電であり、特に混乱は起きていない。少々従業員がバタバタしている位だ。  しかし、達彦に電話をかけても、輝基に電話をかけても出ない。嫌な予感でいっぱいだ。    達彦と輝基は部屋に居た。停電は明らかに嫌な感じがする。  コンコンというノックの後、扉が勝手に開いた。輝基は達彦を後ろに隠した 「只今重大な設備不良でこの階は危険です、すぐに……」  言い終わる前に、そのホテルの制服を着た人物は何者かに殴り飛ばされて倒れ、扉に引っかかっている。  謎の人物は男の首の上に足を置いている。 「絶対に外に出ないでください、二人とも窓から離れて壁際に」  輝基は警戒を顕にしているが、相手は淡々と扉を盾にする様な体制で誰かに連絡をしている。女性である。  輝基と女性が同時に窓を見ると、ガシャンガシャンと何度もガラスに音がする。 「こっちへ!!」  女性の呼ぶ方へ行く、窓を何かが貫通すると、床が弾けた。  少し間があって、カンという音の次の瞬間に一気にガラスが弾け飛ぶ。輝基は達彦を抱えて飛び散るガラスから庇う。  女性は輝基と達彦を先に行かせて窓側に立つと、二人を死角に入れたが、ズザッンという爆発音と共に吹っ飛び、口から血を吐き出した。  輝基は達彦を廊下に出して壁に入れると、女性の身体を引っ張り壁に入れる。 「防弾だ、肋骨か」 「あと一発位は大丈夫です」  女性はよろめきながら立ち上がってしまう。しかし、廊下の両側に人がいる。部屋の中は撃たれる。 「輝基様は向こうを、油断すると達彦様を持ってかれますよ」 「わかった」  達彦を間に挟んで、背中合わせになる。   「全員動くな!!」  襲撃者の後ろから警察が来た。それでも緊迫し続ける。 「武器を床に置け」  襲撃者二人が武器を置いた 「手を頭に」  そして、壁に向かって立たされ、手錠をかけられた。常にに警察の銃は襲撃者に向けられている。 「大丈夫か?」 「大丈夫です」 「救急車もそろそろ来ている頃だ」 「あなたたち異常に早いですね?」  女性は警察官を名乗る人達を警戒している。 「安心してくれ、もう大丈夫だ」  そう言いながら手をあげて近付いてくる。  女性は強い威圧感を発した。 「近寄るな」  吊られて輝基も怒りを表す。ゴウッという様な、音とは認識出来ない空気の振動がある。 「輝基! 達彦! ハァッハァッ」  暁が階段から飛び出してくると、警察官は暁に発砲した。脚を弾かれて転がったが、血は服に滲む程度だ。 「せんせ……せんせ!! せんせ!!!」 「あれならすぐには死なない!」  パニックを起こして走り出そうとする達彦を輝基は叫びながら止めた、その隙にもう一人の警察官も発砲すると、輝基の脚からも血が飛び散る。  一瞬叫んだが、それでも輝基は達彦を離さなかった。女性も銃を構えていたが、瞬時に近い方の警察官に掴みかかり、顔面を殴りつける。警察官が落とした銃を拾ってすぐに振り返り、双方の警察官に銃口を向けるが、そいつはもう輝基の至近距離まで来て銃口を向けて、そして、それに気付いた達彦が飛び出してしまった所だった。  警察官の姿をした男は、素早く銃と反対の手を達彦に向けていた。  銃撃の後では、あまりにも間抜けな、チリっとする感覚と、カチっという音だった。 「へ……」  そして、男は酷い痙攣をして動かなくなった。振り返ると、最初の襲撃者は姿を消し、先程投げ飛ばした男も動かなくなっていた。  達彦は首に触れる。少しの盛り上がりが首にあっただけで、血も何も無い。    女性は達彦に近づくが輝基は許さなかった。助けられたのか何なのか、わからない。女性は無理に近寄らず、痙攣して倒れた男の手から、ペン型の注射器を抜いた。そして、服を弄り、予備と思われる未開封のアンプルも見つけ出す。 「これは持っておいてください、警察に持ってかれると対処が遅れる」  輝基に渡すと、それを見た達彦は見たことのない薬物で青褪めた。  女性は暁に近付いて行く。 「暁様、私の上司と話してください」  電話を差し出されて受け取る。 『巽、すぐにそちらに行くから、待っていてくれ』  久しぶりの声に、何も言えず、あまりの事に暁は怒りとも悲しみとも喜びとも言えない強い感情的な涙が出た。 「兎に角止血を……」 「先に達彦くんと輝基くんを」 「あなたの方が少し傷が深いんです」 「君は達彦くんの護衛だろう?」 「いいえ、暁様も含まれていました」 「はぁ???」    ドタドタと、再び警察官が現れる。 「警察だ!!」 「警察官の姿をした奴に襲撃された! 服毒して転がってる! 部屋の中も窓から銃撃! 仲間と思われる従業員姿の奴も一人転がっている!」  手を上げた状態で女性は叫んだ。本物の警察官だと判断したらしい。 「わかった、救急隊がすぐにくる」  そして、女性が指定した病院に運ばれる事になった。   「あの人をご存知なのですか?」  輝基は救急車に乗ると暁に訊ねた。 「ああ……信頼できる人の部下だ」 「達彦にコレを打たれました」  輝基は暁にアンプルを見せる。達彦は黙ったままだ。暁はアンプルを見て、怒りに震えた。ラベルにはeve1.5と書かれている。 「俺は見たことが無い。何ですかこれは」 「Ωのヒート誘発剤、及び、擬似的なαのホルモン剤が大量に」 「それって……」  輝基は具体的に言わなかった。それは、生身のα無しで番を作る薬だ。 「その薬を作り出した人の手掛かりが見つかった。手当が済んだらすぐに会いに行く。時間が無いんだ」    暁と輝基は、傷の手当と共に強い痛み止めを投与した。そして、達彦にはその病院にある一番強いヒート抑制剤を投与した。 「上司が到着しました」 「はやっ」 「ええ、朝の内に既に向かっていたんです。」 「襲撃も予想していたのか……?」 「いいえ、少しでも予想していたらもっと大人数を配備していましたよ……交代は居ましたけど、私一人なんて、ありえません。せいぜいスリに合わないように見守って何かの時は報告する程度の役目です。既に増員は済んでいますのでご安心ください」 「そうか、私ちょっとトイレに行こうかな……」 「さっき行ってましたよね?」 「ああ、そうだったね。私としたことが、ボケたかな。ちょっとアンに手土産買ってくるよ」 「上司が既に用意していますのでご安心ください」 「それは有り難いね、そしたら、あれだ、ちょっと紙とペンを」  サッと女性が取り出した。 「上司から、時間が無いので暁様に逃げられない様にと仰せつかっておりますので、最悪の場合実力行使も辞さないつもりです。大人しくしていてください」 「はい……」  

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