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第13話
残された達彦と輝基は、ふうっと息をつく。
「何とかなりそうで、良かった……」
輝基は、心底からそう言った。
「まさか、番の解消が出来るなんて……」
「でも、俺には殆ど理解出来なかったよ、達彦は出来たのか?」
「複雑な所ですね、全く違う専門の出来事が出てくるので、そうなんだーそうなると辻褄は合うよねって思うんですけど、本当に正しいかはわからなかったです」
「ああ、正にそんな感じだ」
「でもね、現在番の変更は無理という所から、それをやろうというのは、どちらにせよ、わからない事をやることになるし。その中で後に起きる事がある程度把握出来るのは1の切除でしょうか」
「そうだね、概ね、予後のケアや対応は想像がつくし、俺にも出来ると思うよ」
「そうですよね」
「でも、そうじゃない方法がある」
「そーーなんですよねえ、だから困っています」
達彦だけの問題では無いのだ。
「俺は、摘出と切除を選んでもずっと側でケアを続けるつもりだったから、どちらを選んでも変わらないよ。寧ろ、俺は医者になって良かったとさえ思ってる。番じゃなくても側で支えられる」
「輝基さんは良い人過ぎますよ……」
「達彦にだけだよ」
ノックがして、暁が食事を運んできた
「吐いてたから、スープにしたよ。輝基くんにはサンドイッチを。どっちもアンの栄養剤が入ってるみたいだから……どうなるかわからんが……」
「あ……有り難うございます……」
暁は心配そうに二人を見つめてから、出ていった。スープは基本的に美味しかったが、後味は舌が妙に痺れた。エネルギーは身体に満ちたので問題は無い。育ちの良い輝基は顔を顰めていた。
「輝基さんは、帰ったら番になろうかって言ってくれた気持ちは、変わらないのですか?」
「当たり前だよ」
「子供とか、欲しいですか……? 番になったら、避妊しても出来てしまうかもしれないですよね?」
「達彦は欲しくない?」
「わからないんですよ、親ってよくわからないし。子供が出来ると親になるんですよね?」
「そうだね」
近くに立って居た輝基は、達彦の隣に移る
「物凄く色んな事情があるよね、もし、父さん、黒岩先生が俺を中絶してたらここに居ないんだなあって、親って凄いよね」
「僕は、父さんと、産んだ人が一緒に育てていたらどうなっていたんだろう……」
「公彦さんに最初からしっかり守られていたら、ここに世話になることはなかったろうね」
「そしたら、輝基さんにも会ってなかったのかなあ」
「俺には会ってた気がするな、暁先生とうちの親達仲いいから」
「どうしてですか?」
「達彦、公彦、巽、そしてアンさんが言ったママに酷いことをした、なんだかただならぬ感じがする……いや、憶測で話すのは良くないな、後で話すと言っていたしやめておこうか……」
達彦は考えを巡らせる。暁はβだが、アンが書いたβのΩ化のメモと生殖器摘出の資料を持っていた。そして、達彦はタツ彦であり、暁巽はタツみである。そして彦は公彦からとったのだろう。
「あ!! ああ!!!」
達彦は叫んだ。
「そうか、もしそうだったら、そうか……」
「それにほら……さっきチラッと見て気になったんだよね……」
アンのデスクの上に、写真が飾ってある。
今と変わらない姿のアンが左側に居て、その横に若い公彦が居る。そして若いばかりでなく、雰囲気の柔らかい暁が居る。公彦と暁はしっかりと手を繋いでいた。
「おお……凄い……! 僕を産んだ父さんは、ちゃんと側に居てくれたんだ!!」
「いや、違うかもしれないよ……昔ちょっと良い仲だっただけかもしれないし」
「そ、そうですよね……でも暁先生がお父さんだったら、僕は嬉しいな……」
「俺達は幼馴染だったかもね」
「そうですね、きっと凄く面倒見てくれたでしょうね、輝基お兄さんは」
「妹がいつかおかしな奴に引っかかったらと考えるともうね……今から危険を感じているんだ。きっと達彦にも同じ気分になったはずだ」
「僕は同じ学校に通ったりしたのかな」
「今も同じ学校だよ?」
「そうでしたね、そうやって考えるとあまり変わらなそうですね……」
「そうだね」
達彦は深呼吸をして、今は少し怖く感じてしまう輝基の爽やかな茶色い瞳を見つめる。
「輝基さん、僕を番にしてください」
「うん、選んでくれてありがとう」
輝基は達彦の肩を抱いて、キスしようとする。
「ごめんなさい、今はちょっと……どちらともなく舌噛みそうなんで……」
「早く元に戻そう。キス好きだもんね」
代わりに頬にキスをした。
暁は、このあとどうなるのか不安で落ち着かず、立ったり座ったり、歩いたりしていた。頭がすーすーとして思考はろくに纏まらない。
エントランスという、所謂玄関にあるダイニングテーブルには、お茶が並んでいる。
「公彦、巽は熱が出てると思うよ」
ガタリと、立ち上がった公彦が暁の額に触れる。ヒヤリとした手と、近づいた公彦の顔に暁は動揺した。
「大丈夫、大した事は無いよ」
「いや、熱はある」
「撃たれてるから普通は熱位はでるよ。αがそのへん強いだけだ。マトモな解熱剤もあるから、少し休もう。花音も寝かせないと」
「いえ、私はまだ……」
「休みなさい花音、巽も」
アンは入院用の部屋に花音を押し込み、簡単な痛み止めの処置をした。
公彦は、巽を普通の寝室に案内した。
「普通の部屋もあるんだな……」
「私の私室として使っている部屋だからな」
「そっか……」
何を考えているのか、相変わらずわからんなと暁は思う。部屋の中で、αの匂いはわからなくても、公彦の使う香水、柔らかなジャスミンの香りはわかる。αは自分のフェロモンと合う薄い香水をつける事がある。βのように単体で強いものは使わないのが一般的だ。
「点滴、してもいい……?」
カラカラとアンは点滴を引き摺ってきたが、そのまま動けなかった。
「抗炎症、解熱鎮痛、ほんの少しの抗不安薬、全部承認されている。空のアンプルもここに置いておくから……」
「お願いするよ」
暁は腕を差し出すと、アンは震えながら、それでも的確に点滴を繋げた。
「目が覚めたら、ちゃんとお話をして欲しい……必ず達彦を助けるから……」
「わかった、ごめんよアン、あのときは悲しかったけど、今は感謝しているんだよ、達彦に出会えて、幸せだもん」
「そんなことないだろ……私がめちゃくちゃに……」
「本当だよ、達彦はとっても……とっても、かわいいんだ……会えてよかった……会わせてくれてありがとう」
暁は眠ってしまった。
「アン、側に着いててくれるか?」
「わかった……」
公彦はアンの診療室に向かった。この建物は研究所であり、そして、表沙汰にしづらい病気や怪我の人間が運び込まれてくる診療所でもある。患者が居るときだけ訪れる助手が居るが、この日は呼んでいない。
アンはもう40歳を過ぎている。公彦や巽と共に過ごしたのは彼女が15歳の頃だ。その頃から見た目が変わっていない。
アンにはあまり友達が居なかった。飛び級を重ね、医師免許を取得したのは12歳、間違い無く天才だった。同じ博士課程に居た暁は、彼女を妹の様に思っていた。
アンは天才である事は確かであったが、倫理より好奇心や感情を優先してしまう子供だった。良かれと思って突っ走ってしまう。
そんなアンを暁はよく追いかけ回し、注意し、叱り、嗜めて、褒めていた。お祝い事には必ず彼女が好む様な年齢よりも少し子供向けの贈り物をした。けして他の人間の様に分厚い専門書はあげなかった。
アンは暁が病気や怪我をすると、誰にも触らせずに自分で治療しようとする所があった。周囲からは兄を異様に慕う子供に見えたし、暁の方は本人の預かり知らぬ所で小児性愛者の疑いをかけられていた。
実際に暁と恋人関係だったのは、公彦の方だった。公彦は当時、紛れもなく若者だった。それは暁も同じである。
暁はβの男性であり、αやβの女性やΩと違い自分は全てにおいて対象外だという事に強い後ろめたさを感じていた。どんなに愛し合おうと、β男性の自分はαである公彦とは結婚も認められていないし、番にもなれない、子供も出来ない。挙げ句、公彦は糸輪の次期当主としてαの女性と結婚する事が決まっていた。それでも知り合ったその瞬間から求め合ってしまった。
暁は、寂しい気持ちをアンに漏らしてしまった。
アンは、病的に強い感受性と、天才的な知能を爆発させた。
エヴァ1に始まり4まで、全体を通して内分泌系に関わる効果を持っていたが、本当のアンの目的はβをΩにする研究の中で作り出してしまった物だ。そして、マフィアに唆された彼女は人体実験に手を染めていく。そして、アダム1を作り出した。
このアダム1には条件があった。αとΩの子供で、Ωの生殖器が発達している場合だ。暁は確実にΩの要素を備えている事をアンは感じていた。αに惹かれ、逆らえない所があったからだ。強いαである公彦に惹かれたのも、そのせいではないかと考えていた。
そして、アンはあろう事か眠っている暁に無断でその薬を使った。そのやり方は彼女を巧妙に騙し、信頼させていたマフィアによる入れ知恵だった。恋は素直になれないものだから、きっと喜ぶよと。
純粋な彼女はその言葉に従ってしまった。複数回に渡り投与し、遂に暁にヒートが訪れてしまう。
公彦と暁はその異常事態に、抗いようが無かった。抑制剤などαとβの彼等は持っていなかった。
暁は使った事もない、肉がピッタリと閉じていた入口を突破られ、血塗れになっていた。当然ながら首筋からも血が流れ、公彦の歯型がくっきりとしていた。
何が起きていたのかわからなかった。
二人はただ、怪我の処置や状況を知りたいが為にアンを呼んだ。
アンは当たり前の様に手当をした。その違和感に公彦がアンを追及すると、自分がやったからとケロリとして話した。暁は絶叫した。喜ぶと思っていたアンは、酷く取り乱した。あまりにも取り乱した。
「すぐもとに戻す」
「触るな!!」
「え……」
暁に拒絶されたアンは、そのまま動かなくなり、かなりの時間誰も何も言えないまま、そのうちにふらりふらりと出ていった。
「結婚しよう」
公彦は心から告げた。
「やめてくれ……出来ないだろ……」
「出来るさ」
「出来ないよ、君は糸輪だろ? 僕が例え最初からΩだったとしても……出来ない、公彦は、他の人と結婚する」
「糸輪を出よう」
「絶対にダメだ!!」
「どうして……?」
「だって……糸輪公彦じゃないと、アンを救えない……糸輪なら、救えるだろ……田舎者の僕には出来ない……何の力もない……すぐ行ってくれ……早く! あんなにバカなただの子供を一人きりにするな!!」
公彦は何も答えられずに部屋を飛び出した。アンは暁の暮らすアパートの前でしゃがみこんでいた。
「ふられたじゃないか……」
「アンは逮捕されてくる、これを渡しておく」
アンは鞄から数枚の紙を取り出して、公彦に渡した。それは細かい計画書だった。出産とその後の事まで、ぎっしりと書き込んで検証されていた。公彦はそれを見ながら、深いため息をついて、早急に懐にしまった。
「まだやるべきことがある、いずれ、きちんと償う機会を作ろう……助けるから、必ず。総て話してくれ」
そう言った途端に、猛スピードの車がアンを捕まえた、公彦はアンの手を掴んだが、棒状の物で殴打され、堪らず道路に転がった。車は走り去ってしまった。
「クソッ!!!」
普段は使わない様な言葉で咆哮した。
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