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第16話

 公彦は猛獣の血を滾らせながら、外門に向かった。建物の中に入れる気は無いらしい。アンもついていった。  ヴァレンタインファミリーは、マフィアだ。かつてアンを唆したトリプルシックスと敵対していたが、公彦がヴァレンタインファミリーに資金を提供し、表と裏からトリプルシックスを徹底的に壊滅させ、ヴァレンタインファミリーは公彦に忠実な裏組織となっている。それなりにお互い恩恵があるからであり、そのうちの一つには、アンの提供する医療という物も含まれる。しかし、独立した対等さは持っている。   「大将、まずはこれ、詫びだ」  データチップが置かれる 「何の詫びだ……?」  公彦は威嚇すると、αの端くれである目の前の長い髪の輩がグッと言葉に詰まる。 「昨日、若い連中が依頼を受けてホテルを襲撃した」  公彦が輩に掴みかかろうとする。 「話を最後まで聴け!! うちは騙されたんだ!! あんたの連れに手をだしたのは別の組織だ!!」 「お前達は暴力をつかって人を従えるのが得意だが、我々は生かしながら死んだほうがマシだと思わせるのが得意だ。そのことをよくよく念頭に置いて総て詳らかに話せ。事と次第によってはトリプルシックス連中と仲良く大海原で大事なお仕事をしてもらう」  こういう時の方が、糸輪家を回しているより活き活きして見えるなと、アンは思う。何も我慢せずに居られるからだろう。αらしい振る舞いだ。 「ああ、俺らの昨日の襲撃目的は、α至上組織である製薬会社に一泡吹かせる事だった。依頼主はミシェルと名乗っていた。若い奴等のちょっとした小遣い稼ぎだ」  しかし、依頼主が伝えた部屋に、ターゲットである製薬会社の重役は居なかった。仲間のライフルで吹っ飛んできた顔見知りの花音を見て、彼等は青褪めたのだ。身内に手をだしたら、組織は崩壊する。  しかも、そこに偽の警察官が到着してしまう。本物だと思った彼等は、依頼主にハメられたのではないかと言うことが頭をよぎる。大人しく従って賄賂で何とかしようと思ったが、花音が偽警察官の方とドンパチ始めた隙に彼等は逃げる事にした。 「この詫びは、そっちの番犬に怪我を負わせた事と、俺等が担がれた挙げ句、若造がターゲットの確認をする前にライフルぶっ放して、実にろくでもないことになったしくじりの詫びだ。ミシェルってやつが寄越した、1.5の製造場所と、製法の保管場所」 「……確認したのか」 「ああ。しかもてんでお粗末でまっくろだった」 「わかった。なんてバカバカしい。何年もかけたのに、最後は自殺だ。まだ何もしてないのに。後はやっておく。お前等はデモ行進の準備でもしておけ」 「あいよ」    公彦はうんざりした顔で、電話をかければ、ふざけた製薬会社は、違法薬物であるエヴァ1.5の製造を皮切りに、Ω向け製品に限った副作用情報の改ざん、強い人種差別、マフィアとの繋がり、等々のセンセーショナルな情報をメディアから突き付けられ、拡散され、ヴァレンタインファミリーがデモを先導し、株価は暴落、役員や研究者の解雇、それに伴ういくつかの権利の喪失、この世の地獄と化す。そして、潜り込ませた糸輪の役員が新体制を発表し、暴落した株を糸輪に売り払い、重大な疾病に対する薬の権利を糸輪の製薬会社に移動させ、ゆっくり、ゆっくりと、その息の根を止める事になる。解雇される者達にはヴァレンタインファミリーがベッタリと張り付き、身を滅ぼす事になる。  元々の平和的な計画では、糸輪の役員と研究者を送り込み、平和的に薬の改善と業務の軌道修正の議論を社内で活性化させるつもりだったのだ。   「エヴァ1.5にさえ、手を出していなければ、もう少し地道にやるつもりだったんだがな……その為に巽をけしかけたのに、結局こうなる……」  ヴァレンタインファミリーが立ち去ると、公彦は心底からつまらなそうに呟く。  アンに振り回されている方が余程楽しい。    公彦とアンと暁は共に食事をして、昔の様に過ごした。 「たつ、みたつ、み、だだだい、すき、だい……すき……」  薬の切れたアンは、たどたどしく必死に暁に話しかけた。 「アン、君は本当に外には出ないの? 事件当時は未成年だったし、実名も顔も報道されていない、徹底して隠されていたはず。だから出ても問題は……」 「出ないの! アンは外に出ないの! それで、巽にはこれを」 「エヴァ4の改善案……? もう……?」 「多分、じ、、じ、事故が、起きななななない、抑制剤欲しい、と、おも、おも……オモウ……」  アンがテーブルに頭を打ち付けようとする所に、公彦は手を差し入れて防いだ。 「だからヒートそのものの、ものを、ものを、もも。アダム2しいーずの改良番をたふ……かんじぇんに予想外、きき、こ、酵素とういるすで……」 「うん、なるほど、遺伝子に関わる領域だけど、未知の実験結果になったんだね、この効果を検証して欲しいんだね?」 「そう、なの、ごめんね。凄く、悪い子だ、ああああ」 「でも、立派だよアン」 「たちゅみほめくえゆの?」 「褒めるよ」 「うえ、うえ、うえちい……」 「アンは、もう休みなさい、今日はもう薬を飲めないんだろう?」  公彦はアンを追い立てた。 「うん、うん、飲み過ぎたら、ただの毒なの、あああんは、まだ、脳わ、止めるわけにいかにゃい」 「そうだね、おやすみ」 「たちみ、いちょねよ……」 「わかったよ」  二人は、立ち去ろうとする。  思わず、公彦は暁の手を掴む、見上げた先には少々中年太りの始まりかけている、無性別の愛おしい人がいる。お互いに老けたのだろう。それでも、懐かしい香りが記憶の中に蘇る。  実際には、暁からその煽情的な香りはしない。 「公彦、離して……」 「あ、ああ、すまない……」 「いつかさ、もっともっとお爺さんになったら、少しはまた……いや……何でもないよ……」 「私はもう手を放さないよ、もう充分耐えただろう。老人になったら抱き合いたいとは思わないかもしれない。でも、一緒に居られたらと、ずっと願ってきた。抱き合えなくても君が好きなんだ、ずっと変わらない」 「奥さんは……」 「別れてるよ。公表はしていないけど。子供が成人したらそれっきり。α同士の政略結婚なんてそんなものだよ、向こうにもΩの番が居るから、勿論私の番は君だけだ……」 「そう……また、ゆっくり話そう……」  暁は、自分の服の裾を神経質に弄りながら、アンを連れて公彦から離れた。      達彦と輝基は、翌朝に手を取り合って地下から登ってきた。 「思ったより早かった!」  アンが二人の手を取り合って振り回す。 「二人の検査する!」 「よろしくお願いします!」  達彦は普段通りの調子で答え、輝基の方は照れている様な雰囲気がある。暁は、二人を微笑ましく感じた。何となく、未だにほんの薄っすらと噛み跡が残る自分の首筋を撫でる。 「あれ……?」 「え……?」 「本当に噛んだ……?」  アンは試薬を入れた試験管を振りながら達彦の首を見る。 「噛んでるけど、番になってないね」 「え、本当に……?」 「めちゃくちゃ番ったけど……」 「でも偽αは消えたから良いとしよう。そういう事もあるからね」 「それもそうですね」 「ずっと身体の調子狂わされてたからね〜ホルモンバランス自体がおかしかったのかも」 「ストレスしか無かったし」 「運命の番の特徴とか都市伝説だしね」  医療従事者達はあっさり納得をしてしまった。 「元々、僕はこのエヴァ4は、ホームに居る番を失ったΩの為の薬なんじゃないかと想像していたんですけどね」 「残念ながら、アンはそんなに他人の為になる善良な研究者では無かった、今は罪滅ぼしの為に少しは人助けを考えるけど……エヴァ4は、暁と公彦が番になれたら良いのにと思って、βでもαと身体的共有感を持てるのかという気持ちだった。その点については何の意味も無かったけどね」 「番が繁殖の機能だと考えると確かに無意味ですね……」  薬を飲んだアンはハキハキと物を言う。 「そうなんだよ、子供の頃の発想だから。でも、単純な抑制剤としての効果より、その考え方で改良してもいいかもしれないと思ってはいる。安易な番変更は心身に良くない。対策を怠って無闇に使うリスクもある。ただ、αの方も番を持つと多少はフェロモンの出方が変わるからな、α側にはその後の番成功率が下がったりモテにくくなるリスクはある。α側の番関係のメカニズムは未解明なんだが、もう一歩という所なんだ。なんせ人類史的にαには人体実験が出来てないから」 「エヴァ1.5が使えるのかな。番メカニズムが解明されれば番化を防ぐ薬もできそう。でも違法薬物だっけ?」 「エヴァ1.5の正式な権利を取得出来そうだから、安全な使用方法と正当な目的を施せば可能といえば可能だ」  公彦が社会的な方面の助言をくれる。 「研究してみない事にはわからないけど……人手が足りない」 「僕ここに残ろうか?」  達彦はヘラヘラとした態度で言う。 「え……」  輝基は顔を引き攣らせる。 「君はヒートの時にどうする気だ?」  アンは怪訝な顔だ。 「薬でなんとか?」 「ほら、君みたいな奴が居るから、不自然を可能にする薬は危険なんだ!!」  アンが叫ぶ。 「輝基くんの気持ちを考えて居なかっただろう……」  暁の忠告に、達彦は青褪めて、輝基を振り返る。そこには、冷たい笑顔の輝基が居た。 「あ……あの……ごめんなさい……」 「番になったわけじゃなさそうだし。そうだな、Ωが社会に関わっても、行動を縛られるのは確かに不幸なのかもしれないな」 「番になることは僕が望みました、でも非常に考えが足りなかった、輝基さんとは離れたくないです……」 「でも、研究はしたい」 「それを言ったら、違うとは言えないですよ、ええ、勿論、でも、輝基さんとの番関係も欲していたし……ごめんなさい……」 「わかってる。わかってるよ。ちょっと拗ねただけ。ごめん」  二人の間は複雑だ。 「君達はとても感性がβ的と言えるね。理性的で安定的である事を理想とする。その癖に抗えない本能に振り回される。本質的なαとΩの関係をもう少し尊重すると良い」  アンは達彦の口に試験紙を押し込むと、色を確認する。 「こういう、科学的な数値なんてのは目安にしかならない、なんせ科学はこの世のほんのほんの一部の事すら解明出来ていない。この色から目に見える高いストレス値は番との不協和で起きるとされているが、実は番で無くてもβでも信頼している相手との不和で起きるものだ。達彦の脳にはこのストレスホルモンがあまり人格に影響しないのかも、しれない。ただ、無いわけじゃない、Ωの精神はかなり繊細だ」  アンは色の濃い試験紙を二人の鼻先にひらひらと振り回す。お互いに肩の力を抜く事に努め、輝基は達彦の肩を抱いた。 「まあ、まあ、一旦は国へ戻ろう。アンと研究出来る方法は私が整えるから、任せてくれないか? 何にせよ、私の逆鱗に触れた製薬会社が手に入る事になったからね……無理では無かろう」  公彦が悪人の様な笑顔になる。    こうして、一行はプライベートジェット機で送られる事になった。公彦も流石にこれでの移動は滅多にしないが、これ以上襲撃される可能性は最大限に減らしたい。 「公彦父さん、巽父さん」  ふふふと達彦は笑う。 「案外と、嬉しものですね。僕にも東雲ファミリーの様に、家族が居たんですよね。輝基さんは、家族で出掛けたりしましたか?」 「子供の頃はな、これからも妹の為に家族旅行にも行くかもしれないし、その時は達彦も一緒に行こう」 「はい! でも、公彦父さんと巽父さんとも3人で出掛けてみたいですね」 「行こう」  公彦は即答する。 「何処に行きたいんだい?」 「何処だろう……わからない……あ、よくテレビでは家族で遊園地に行きますよね? 本当に行くものですか?」 「私は行ったことが無いな……あれは架空の話だろう……?」  公彦は首を傾げる。 「俺は行きましたよ」 「私も行ったな……」  真っ当な家族を持つ輝基と暁は答える。 「では遊園地に行きたいです!」 「貸し切るか?」 「そういうものなのですか?」 「いやいや、貸し切らなくても大丈夫、普通に行こう。楽しそうな人達が居たほうが雰囲気が良いもんだよ……」 「ハハハ……暁先生、頑張ってください」  

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