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第2話
2.嫉妬と我慢
そのまま千早はぐいぐいと数生を引っ張って部屋に入り、ベッドの上に座らせた。
「ねー、数兄。もしかして、妬いた?」
つい嬉しくなってしまって尋ねると、
「妬いてなんかないけど…。千早って俺以外の奴を部屋に上げること、あんまり今までなかったろ。そんなにあいつのこと気に入ってんだな、と思っただけ」
と、まだムスっとした様子で数生は答えた。
「へへえ」
真面目な表情をしようと思ったけどついデレてしまい、そんな千早を見て数生はまた不服そうな顔になった。
「なんだよ、笑って」
「だって、今までは俺の方が数兄が部屋に女の子連れ込んだときずっとイライラしてたのにさ…。まさか、数兄が俺が他の男と仲良くしてるの見てヤキモチ妬いてくれるなんて、すげえ!と思って」
「…妬いてねー」
「じゃ、なんで機嫌悪いの?」
「…なんか、あいつ、距離感近かったし」
「え、気づいた?」
「『気づいた?』ってなんだよ」
本当は言わなくてもいいことなのだけど、つい意地悪をしてみたくなった。
「あいつ、男が好きなんだって」
「え、マジ?」
「そう。んで、俺のことが好みなんだってさ」
「…そうかよ」
千早はからかってみたつもりだったが、数生が思いのほかダメージを受けた顔をしたので驚いた。
「え、数兄、別に冗談…」
「…俺が、お前としないからか?」
「え」
「お前と、最後までしないから…。あいつと、仲良くしてんのか?」
「はぁ?なワケないじゃん。単にベースの弦の張り方教えてもらってただけだし。あいつが男が好きだってのもさっき初めて聞いたし」
「…ふうん」
ベッドに座ってむっつりと俯いてる数生を見ていたらいじらしくて胸がいっぱいになって、ダメだって言われるかなと思いつつ立ったまま抱きしめた。制服のままの数生からは薄っすら立ち昇る汗の匂いに加えて、千早が子供の頃から慣れ親しんだ、まるでパンのようなよい匂いがした。
「なあ、俺が数兄のことしか見てないの、知ってるだろ」
「…うん」
「もし一生、数兄がさせてくれなくても、俺は他のヤツとやらないし、ずっと数兄のことが好きだよ」
「…嘘つけよ」
「ほんとだってば」
こらえきれずに千早は座った数生の頭に手を添えて上からキスをした。こういうことは受験が終わるまでしばらくしないと言っていたけど、数生は千早に応えて口を開いて舌を受け止め、分厚い舌を絡ませて来た。
たった二週間くらい我慢していただけだったのに、久しぶりに唇を合わせたらやっぱりすぐ身体が熱くなってどうしようもない。躊躇いがちに数生の下腹部をそろりと撫で、その下に手を這わせると硬くなりつつあるのが分かった。
———可愛いな、数兄は。すぐ反応して。
抵抗されるまでは手の動きを止めないでおこう、と千早はキスしたまま数生の制服のスラックスのジッパーに手をかけた。
一瞬びくりと数生の身体が揺れたが、大人しくしているのでそのままジッパーを下ろした。
ボクサーパンツの隙間に手を入れると、硬くなったものを取り出す。そしてキスを止めて数生の前に跪いて根元を握った。
口に含んでから数生を見上げると、頬を上気させてなんとも言えない切なげな顔をしていて、胸がぎゅっとする。
———可愛い、俺だけの数兄。真島なんかにヤキモチ妬いちゃってさ。あんたのためなら、俺はなんでもしてやるのに。
顔を前後させて口内でペニスを圧迫しながら表面を舌で舐めとるようにすると「んんっ、千早っ…」と数生が喘いだ。先っぽから苦い体液が漏れ出して来たので、亀頭に吸い付いてじゅ、と啜る。
「ん、んっ…あ…ああ…っ」
この人のこういう声も好きだ。いつもは低い声に甘さと湿り気が混じって艶っぽく響く。まだ俺しか聞いたことのない声。うまくいけばこの先も俺しか聞くことはないだろう、そう思うと数生が愛しくて堪らなくなった。
そうしているうちに数生の手がそっと千早の後頭部を押さえてくる。
———もっと、強く押さえてくれてもいいのに。
そう思って、さらに舌の動きを強くし、じゅう、と大きく音がするほどペニスを吸い上げると「ん、っ…いいっ…」と喘ぎが漏れて、口の中でびくびくと性器が跳ねた。
「ちは、千早っ…。強いからっ…もういくかも…っ…」
そう言われても千早は口を離さず、さらに片手をスラックスの中に潜り込ませ、下着の中に入り込んで尻を撫でながら吸い付く。
カリ首の裏側あたりの、たぶん一番敏感な場所を舌先でグっと強く舐めると、
「…んんっ、あぁ…っ…」
という蕩けるような声とともに数生の身体が大きくガクガクと揺れた。
ぬるくて生々しい味が千早の口の中に広がったが、たいていはそれを飲みくだしてしまう。数生が喜ぶかも、とかそういうことじゃなくて自分がそうしたくてしていた。数生から出てくるものはそれがどんなものでも嫌とは思えなくて、『俺ってもしかしてドMってやつなのかな?』とか、たまに思ったりするけれど。
飲み込んだあとも舐め取っていると、数生が「も、千早、いいから…」と、頬を手のひらで優しく押して離そうとする。それでも、しばらく千早は舐めることを続けた。
やっと口をそこから離すと、立ち上がって数生に再びキスした。自分のものを舐めていた唇でキスすると数生はいつも複雑そうな表情をするが、イヤとは言わない。
「数兄って、結構俺のこと、好きだよな」
座った数生の頬に手を当てて見下ろすと、数生は照れたように目線を落とした。
「…そう言ったじゃん。信用してないのかよ」
「違う。だって、片想いしてる期間が長かったし、好きになってもらうのなんて絶対ムリだと思ってたから…いまだに夢かと思っちゃうんだ」
「…夢じゃねえし。好きでもねえ男にこんなことされて平気なわけないだろ」
「そうだよね」
この人は本当に俺のことを好きになってくれたんだ、それを実感するたびに(やっぱり夢みたいだ、こんなの)と思ってじんとしてしまう。
「あのさ、千早、大学に合格したら…」
数生が小さな声で口を開く。
「合格したら?」
「しようか」
数生は覚悟を決めたようにそう言って千早を見上げた。真剣な瞳は少し艶っぽく潤んでいる。
「…本気?」
「嘘でこんなこと言わねえよ。ほんとはお前が卒業するまでやめといた方がいいのかと思ってたし…」
「え、俺が卒業するまでってまだあと1年半くらいあるよ?ムリムリ。我慢しすぎて死んじゃうよ」
「…お前、さっきは一生俺とできなくてもいいって言ってたじゃん」
「そんなことは言ってない。言葉のあやってやつだよ」
「ほんと、調子いいよなあ」
数生は〈敵わないなお前には〉という風に、困ったように眉を下げて笑った。まるで弟か子供を見るようなその顔にまた胸がいっぱいになって千早はギュっと数生の身体に抱きついた。
「…今日はこれ以上は禁止だぞ」
「分かってるって」
あのときなりふり構わずこの人を奪ってよかった、とあらためて千早は思っていた。
* * *
「なあ、成瀬が付き合ってんのって幼馴染とかいうあの人?」
翌日の放課後、部室に入ると、ひと足先に来ていた真島が挨拶もそこそこにギターをチューニングする手を止めて聞いてきた。
「…なんでそう思うんだよ?」
「なーんていうの、怪しげな雰囲気漂ってたよ、お前ら。ま、他のヤツなら気づかないと思うけどさ」
「意外と鋭いんだな」
「当たりだ?そっかぁ、でもあの人、すげえノンケっぽかったけどな。背もデカいし…いかにも爽やかなスポーツマンて感じだけど、なんかやってんの?」
「数兄はもともとノンケだよ。彼女もいたし。子供の頃からテニスをやってたんだ」
「そーなの?すげえじゃん、よくモノにできたな」
「子供の頃からの付き合いだからな」
「いやいや、子供の頃からの知り合いとか、余計に普通は無理じゃね?そんなの家族みたいなモンでしょ」
「そうかな」
「…え、もしかしてあの人をその気にさせるほど、成瀬のテクってすごいのか?」
真島が目をギラギラさせて聞いてくる。
「そんなことないと思うけど」
「だって、最後までしてないんだろお?なのにすごくない?何か特別なことしたのか?」
「してねーって。ま、長年の執念が実っただけじゃないかな」
「いいなあ。俺も探してえよ、真実の愛。どっかから転がりこんで来ないかなあ」
「…そんなんだから見つかんねえんじゃねえの」
「あー、自分が相手がいるからって偉そうに!」
子供のように口を尖らせた真島を見て、可笑しくなる。
数生への気持ちは今まで隠すしかないものだと思っていたから、関係がバレてしまったけどそれが言わば同志の真島だということで少し心の重荷が軽くなったような気がした。
「自分の好きな相手のこと話せるのっていいもんなんだな」
「まあ、俺らはなかなか外で堂々とカップルらしいことできないからな〜」
「また俺の話、聞いてくれよ真島」
「他のヤツとの惚気なんて本当はお断りだけど、同じバンドのよしみでたまには聞いてやるわ」
「ありがとう」
「そのかわり、あの人にフラれたら俺のこと二番手として考えといてくれる?」
「それはない。真島は見た目はいいと思うけどタイプじゃないんだよな」
「…はっきり言うなよお」
「ごめんな」
「なんか本当にフラれた気分になるから謝らないでくれ…」
真島が肩を落として項垂れるので、「悪りぃ悪りぃ。ほら、また新しいコードの押さえ方教えてくれよ」と背中を叩いた。
数生がいなかったら自分は真島を好きになっただろうか、と考えてはみたものの、いやあり得ないな、と思い直す。数生じゃないのだったら男でも女でも、どんな人でも意味がないのだから。
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