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第5話
5.湿っていて熱くて
4時間目が終わり昼休みに入ると二人は教室に戻ってこそこそと荷物を纏め、それぞれ担任に適当な言い訳をして早退届を出した。
校舎の外に出ると12月の乾いた冷たい空気がちくちくと数生の頬を刺した。「さみーな…」となんともなしに呟いて隣を見遣ったが、千早はポケットに手を入れ、やや俯き加減で怒ったような顔をして足早に歩いている。自分もだが、千早もきっとこの後のことをあれこれ考えて落ち着かない気分でいるに違いない。そう思ったらつい具体的な想像をしてしまい、数生は寒いはずなのにじんわりと背中や脇に汗をかき始めた。そしてその後もほとんど二人は話もせずに家に帰り着いた。
「…おじゃましまーす」
千早の家に上がるのなんて子供の頃から何百回も繰り返してきた行為なのに、まるで知らない人の家に初めて訪れたような緊張感が襲った。のろのろと靴を脱いでから千早の部屋に続く階段を上ろうとすると、後ろからぐいと引っ張られた。
「数兄、一緒に風呂入ろ」
「ええ?」
「…その方がたぶん準備しやすいし」
「準備って…」
「…初めてだと、大変だって言うから」
逃げ出さそうとするのを捕まえようとするかのように強く数生の腕を握って視線を落とす千早を見て、いよいよ逃げられなくなったと数生はゴクリと喉を鳴らした。
バスルームに入っておのおの制服のブレザーをハンガーに掛け、ネクタイを解いてシャツを脱ぎ始めたが、思えば最近は千早とは抜き合いばかりしていたものの互いの前で完全に素っ裸になるなんて子供の頃以来だった。
「…あれ、なんかお前、腹筋割れかけてねえ?」
上半身裸になった千早を見ると、しばらく会ってないうちに腹筋が凸凹を形成し始めている。
「…だって数兄の方がガタイいいし、鍛えてるから…。俺だけヒョロヒョロなのは嫌だなと思って、最近筋トレしてたんだ。会えない間、いつもより余計に走り込みしたりして頑張ったんだよ」
「…そんなことしてたのか」
男の裸なんて見てもどうってことないはずだったし、さんざん身体を触り合ったはずなのに、何故だか急に鼓動が速くなり、まともに千早の方を見れなくなって視線を逸らした。
———やば。俺、すげえドキドキしてる。
千早はどうなんだろうとまたチラ、と見るとなにやら真剣な顔で制服のスラックスを脱いで畳み、下着に手を掛けていた。
「ちょっと、数兄も早く脱いでよ。…手伝ってやろうか?」
「いい、いい、自分でやる」
慌てて数生がスラックスのベルトを外し始めると「待ってるから」と、千早は先に浴室に入って行く。
ええい、もうどうにでもなれ、と数生も急いで全部脱ぎ、浴室のドアを開けた。
すると、サー、とシャワーの音がするなか、濡れて額に貼り付いた長い前髪の間から千早の綺麗な色の瞳が真っ直ぐ数生の顔を見つめてきた。
胸が爆発しそうなほど高鳴って、一瞬竦んだように動けなくなった数生の腕を千早が引いた。シャワーの下に導かれ、浴室の壁に押し付けられたかと思うと、千早は少し見上げるようにして唇を重ねてくる。
そしてその手のひらが数生の左の胸を包んで揉み込むように動いた。
「…数兄の心臓、すごくドキドキしてる」
破れそうなくらい大きくなっている胸の鼓動が伝わってしまったようだ。誤魔化すこともできず、「だってさ…」と情けない気持ちになって眉を下げた。
「可愛いね、数兄…」
お前より図体のデカい男相手に何が『カワイイ』だ、とも思うのに、そう言われてまたドキリと心臓が痛いほど大きく脈打った。
数生の喉仏に舌を這わせながら、千早の手は腹筋を通ってさらに下の方に滑り、ペニスを包んでそっと優しく扱き始めた。たちまちそこが熱を帯びて起き上がってくる。
「ん、あっ、あ、千早…っ、それやられると、すぐいっちゃうから…」
「大丈夫だから…」
ぜんぜん大丈夫じゃねえ、と思っていると、千早はそこを擦りつつ身を屈めて胸の突起に吸い付いた。
執拗に舌で転がされては手を動かされ、「はっ…あっ、ああ…」と抑えようとしても声が漏れ出てしまい、湿気で曇るバスルームの中に大きく反響して恥ずかしさに襲われる。
ここ数週間はこういう行為をしてなかったせいもあり、これ以上敏感な場所を刺激されたらあっというまに達してしまいそうだった。
「千早っ、俺っ、も…無理…!」と数生が早くも降参の言葉を発すると、口と手を離した千早がシャンプーやボディソープが置いてある備え付けの棚からベビーオイルのようなものを手に取った。
湯気の中、千早は指先に満遍なくオイルを纏うと、
「数兄、ちょっと脚あげて…」
と、数生の右の太腿の裏側に手を回して片脚を持ち上げ、左手でぐっと押さえつけて股を開かせた。
「あ…」
そう呟いた唇が塞がれ、舌を絡ませられると、後孔に千早の指が触れた。入口を探すようにうろうろしていたその指先が、やがてそこを見つけてゆっくりと侵入してくる。
「…ん、んん、っ……!」
「痛い?数兄?」
「…痛いってほどじゃないけど…なんか…ヘンな感じ…」
まるで内臓を触診されているような違和感がそこに走る。
「ちょっとだけ、我慢してて…。優しく、するから…」
自分がいつかこういう言葉を女の子相手に吐くのだろうと思っていたのに、まさか弟同然だった男に言われているとは。何万回目かの〈一体どうしてこうなった?〉という疑問が頭をよぎったが、後孔への異物感ですぐにそれどころではなくなる。入り込んだ千早の指は、いつしか二本に増やされたようだった。
「ねえ、思ったより入るんだけど…数兄…自分でなんかした?」
そう言われてドキリとする。数生に関することについては誰よりも敏感な千早には何でも分かってしまうようだ。
「……だってさ…急にいじられたら怖いと思って…最近、ちょっとだけ自分で挿れてみたりしたんだけど…」
数生は気恥ずかしくなりつつも正直に告白した。
「え、準備してたの?」
「こういう風に、風呂場で試しに指を挿れてみただけだよ。けど、いまいちそっからどうしていいか分からなかったし…」
「そうなんだ。良かった、誰かに挿れられたわけじゃないんだね」
「俺のそんなとこにお前以外に誰が挿れようとするって言うんだよ…」
数生がムスっとして答えると、千早は嬉しそうな顔で笑った。
「俺のために練習してくれたんだ?」
「…別に。自分のためだし」
そんなことを言っている間にも千早の指は中で狭いトンネルを拡張するかのように蠢いている。
最初は異物が内臓に侵入してきたという感触しかなかったのに、千早の指があるところまで達すると、ざわ、と妙な感覚が押し寄せてきた。
「あ…?」
「ん、なに?」
中で動く指先が、内部の壁を探るようにあちこち押していく。
「あっ……!あ…」
「数兄…?」
くちゃ、くちゃ、と水っぽい音をさせながら出し入れしていた千早の指の先が、グッ、とそのやや膨らんだ部分を押したとたん、「ぅあっ…!」と声が漏れ、ビリっと電流が走ったように数生の身体が跳ねあがった。
「んッ…!あっ…千早、そこっ、だめかもっ…」
「え、どんな感じ?いたい?」
そう言いつつも、なおも指の腹でグ、グ、とそこを押してくる。
「…んっ、痛いんじゃなくて、あっ、ああっ」
立っていられないほどの強烈な刺激が伝わって数生は思わず千早の背中に手を回してしがみついた。うねりが腹の底に起こって、ビクビクと腰から背骨にかけて痙攣が起こって止まらない。
「千早っ、あっ、ダメだ、なんか…そこっ、押されると、ヘンで…っ……」
「…ここ、気持ちいいんだ?いいよ、数兄、俺につかまって…」
ぎゅう、と、数生が更にしがみつくと、ますます強くそこを愛撫してきて、「んんっ…!!あっ……!」と耐えきれず、千早の背中にしっかりと爪を立ててしまった。
「数兄…。初めてだとなかなかここで感じられないって聞いてたのに…すごいね」
「つっ…。うるさいっ…!んっ…。あっ、ああ…っ…千早っ…。だめだ、前も、触って…」
「ううん、まだいっちゃダメだよ、数兄…」
そう言うと、指を中から引き抜き、数生を促してくるりと身体を壁の方に向けさせた。
「数兄…もう、挿れるよ」
背後から小さく千早の掠れたような声が聞こえ、「えっ、えっ、ちょ、待って…」と狼狽しているうちに、とんとん、と硬いものが後孔にノックするような感触があった。
———え、そんな、こんな風呂場で、もう?
と半ばパニックになりかけている数生を他所に、妙に落ち着いた様子の千早の片手が数生の尻の片側を開くように掴むと、やがてグイ、と、先端が孔の入口に入り込んでくる気配があった。
「あ……」
———挿入ってくる。
そう思ったとたん、グ、と、硬いものがさらに押し入ってくる。
「んっ、あっ…千早っ……!」
「っ…先っぽ、はいった…」
「んんッ……」
指とは比べ物にならない強固な感触に目が泳ぐ。戸惑っている間にも、それは狭い道を掘り進むように、ぐぐ、と中に潜り込んできた。摩擦が起こったそこが焼け付くように熱い。
「はあっ、数兄…っ、狭い…。すごい圧迫感なんだけど…。なに、これ、もう、ヤバいかも…。はぁっ…」
中に入ったまま、ギュっと後ろから抱きしめられる。湿気った浴室の中、千早の艶っぽい声が耳元で響いて鼓膜を刺激され、ビクビクと身体が揺れた。
「力抜いて、もうちょっとだけ、股広げてみて、数兄…」
手で太腿を少し広げるようにされると、さらに千早のものがぐい、と奥へと入り込んでくる。
「つっ…!あっ…」
「だいぶ入ったよ…。ちょっとだけ、このまま、慣らそ…?」
「はぁっ……お前っ、やけに詳しいじゃんか…」
「誰かに聞いたわけじゃないよ。ネットで、どうしたらいいか調べてみただけだから…」
「っていうか、千早っ…。ゴム付けてないだろ…」
「ごめん…。頭まっしろになってナマで入っちゃった…。2階にあったのに…」
「お前なあ…」
「でも、直に数兄に触れられて、嬉しい…。気持ちいいよ、数兄…」
「……」
千早の率直な言葉に、数生は降り注ぐシャワーの中、密かに赤面して黙った。まったく、ほんとにどうして。すごい異物感で、こんなに不自然なことをやってるのに不快じゃないなんて。自分の感情が不思議すぎる。
じっとして静かにしている間も千早の唇が後ろから数生の耳の軟骨を喰んできて、ぞくぞくと肌が快感に粟立つ。
「そろそろ動いていい…?」
感触が馴染んできたように思い始めたころ、そう言われて、数生はコクリと頷いた。すると、中で千早のものが後退した気配がしたかと思うと、次の瞬間、勢いよく挿し込まれた。
「…っ!ああっ…。んんっ……千早っ…ちょっ…」
「…んっ、ごめんっ、止まんない…」
激しく抽挿が起こり始めると、前の方に迫ってきた射精感とは別に、またざわざわとしたなんともいえない感覚が後方から腹の底に湧き上がってきた。
打ちつけられるたびに奥深くまで入ってくる千早のペニスがたびたびさっき指でしつこく弄られたところを抉り、そのたびに「ん、あっ…!」と声が出てしまい、快感が通り過ぎる。でもまだ少し何かが足りない。
「数兄も、いい…?」
「んっ、んん…っ…。よくなってきた、気もするけど…」
あとひと押しが欲しくてたまらなくなって、自分で自分のものに手を伸ばすと、
「ダメ、触るなら俺がそこも触る…」
と千早の手が数生の手をどかしてペニスを包み込んだ。
後ろに幾度も出し入れされたうえに前まで掴まれて責め立てられ、いよいよどうしようもなく絶頂のきざしがそこまで迫ってきて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「あっ、あ、だめだ、千早っ…いくっ…」
「やだ、俺もっ、そろそろ…我慢できない、かもだけど…先に、いかないで…」
そう言うと千早はギュッと数生の鈴口を指で押さえた。
「あっ!あっ、やめろ、千早…っ」
「ダメ、いかないで…」
「っ、無理言うなっ…!」
千早の腰がまた強く打ちつけられて、深いところまで達したとたん、「ひ、あっ、ああっ…!」という喘ぎとともに大きく身体が震えて、溜まってた熱が千早の指を押し返し、勢いよく吐き出された。
「は……。んっ…。数兄…!」
千早の抽挿がまた激しさを増したかと思うと、数生の腰を両手で掴んでぴたりと止まって、ひといきに体液が中に放たれた。数生は自分の中に生温かい感触が流れ込むのを感じてハッとする。
「千早、っ…!バカ、お前…」
「ごめん、中に…」
口では謝りつつも残りを吐き出すように千早は数生の腰を抱え、前後に揺れた。
しばらくして律動は収まったが、千早はなかなか中から出ていこうとはしない。
「千早…そろそろ抜けよ…」
「やだ…まだこのままでいる…」
「ばかやろ…」
千早は余韻を味わうかのようにまたゆるゆると腰を揺らし始めた。
「はぁ…っ。数兄…最高だった…」
「そうかよ…」
「数兄も、よかったろ…?」
「……」
「ねえ?」
「うん…」
肯定するのは気が進まなかったが、しぶしぶ頷いた。
「ねえ、数兄」
「ん?」
「俺たちって、相性、最高なんじゃないかな?」
「…なんでだよ」
「だって、最初っからこんなにうまくいくなんて、すごくない?」
「そうだけど…。てか、千早、早く、抜けって…」
「やだ抜かない」
「てめえ…」
「数兄のなか、あったかい…」
「バカ…。なあ…お前さ、責任取れよ」
「ん?」
「俺、こんなんじゃ、もしかしたらお前としか、もうできないかもしれないじゃん…」
「…最初っから俺はそのつもりだよ?もうこの先、数兄としかするつもりないよ…だから…ずっと大事にするから…。数兄も、ずっと俺のそばにいて」
「ずっとって、お前、そんなに安請け合いしていいのか?」
「俺は大丈夫。数兄の方が心配だよ」
「今さら、俺だって他の奴と付き合えねえよ…」
「ほんと?」
「…うん」
こんな強烈なことをして、今さら女の子と普通に付き合えるわけないし、いつしかあまり興味もなくなってしまった。身体の内部で存在を主張している千早だけが今の数生の心を捕らえていた。
「数兄…。とりあえず明日の夜まで、ずっと一緒にいよ」
ゆっくりと律動を繰り返していた千早の動きが少しまた速くなってゆく。
「俺、一回、家に帰らないと…母ちゃんに合格したって伝えたからなんか用意してるかもしんないし…」
「いやだ。帰したらなかなか戻って来ないかもしれないじゃん。千早んち泊まるからって後で電話して」
「無茶言うなよ」
「それくらいいいでしょ…」
「ていうか、お前、また…」
少し柔らかくなっていた千早のそれが、また中で硬さを増してきたのを数生は感じ取った。
「うん、まだできそう…」
「マジかよ……。んっ…!」
千早に不意に後ろから片手で乳首をキュッと摘まれて、身体がびくりと反応してしまう。
「数兄って感度すごくいいよね…めちゃくちゃ興奮する…」
耳元でやらしく囁かれて、またぞわりと鼓膜がざわめく。
「うるせえ、このやろ…っ。…分かったよ、あとで母ちゃんに電話するよ…」
「うん」
そのまままたイかされてしまい、今度こそ力が抜けて数生は風呂場の椅子にへなへなと座り込んだ。すると頭からシャワーをかけて、「洗ってあげる」と千早がシャンプーを髪に垂らして、わしわしと手を動かし始めた。
「あー、気持ちいい…」
今度ばかりは自然と快感が口に出た。
「昔はよく洗いっこしたよね」
「そうだな。小学校の低学年くらいまではよく銭湯みたいなとこ、行ったよなあ」
「…俺、途中から恥ずかしくなって数兄と一緒に行けなくなった」
「だからか。千早があんまり誘いに乗ってこなくなってつまんないなと思ってたんだ」
「数兄の裸見てヘンな気持ちになって、バレるのが怖かったからね」
「…ほんとにお前、昔から俺のこと好きだったんだな」
「うん。だから、嬉しい…」
髪を洗い流し、「背中向けて立って」と千早に言われて大人しく従うと、
「ここ、流すね」
と千早が後孔にシャワーを当てた。
「えっ」と言っていると、また千早の指が数生の中に入り、中から掻き出すような動作を繰り返す。
「んん、んっ…」
「また気持ちよくなってるの?数兄…」
「ち、違う…」
「ふーん?」
千早は笑ってまた指を動かす。たまに意地悪をするかのようにあの敏感なところを撫でてくるので、また我知らず腰がビクビクと揺れ、中が収縮するようにキュっと動く。
「後でまたゆっくりするから待ってて、数兄…」
「うっせえ…」
その気遣うような優しい手つきに、数生は確かに千早の愛情の深さと重さを感じ取った。
———ヤバいな、これ。
家族みたいな、弟みたいな奴だと思っていたのに。いつしか離れたくないとか、誰かに渡したくないとか思っている。
「…俺もお前の頭、洗ってやるよ」
「うん、洗って」
猫の毛のように柔らかい髪をシャンプーしながら、千早に以前よりもずっと特別な気持ちが生まれているのに気づいて、数生は自分の心の動きに戸惑っていた。
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