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ごく自然な親子の会話をしろということだ。 幼稚園の登園や降園などと、外に出た時のような、周りの親子に思われている、『優しくて美人な母と可愛らしくて礼儀正しい子ども』を演じるということ。 自分には向けられたことのない、仮面の笑みを向けられる相手のことを羨ましく思っていた。 その偽りの表情でさえいい。いつしか自分に向けられることを信じて、言われた通りに演じなければ。 「──あんたと同年代らしい子どもがいるから、その親に好印象を持ってもらえるように、仲良くしておきなさいよ」 「はい」 さっさと話を済ませたいと思っているようで、高いヒールを響かせながら、やや足早と隣の家に向かう母のことを、小走り気味に着いて行った。 門の前に着くと、インタホーンを鳴らす。 その時に表札を見てみると、『朝田』と書いてあり、そこで始めて隣の家の人がそういう名字だと知った。 『はーい』 快活な返事がインタホーンから聞こえた時、母が手短に挨拶すると、『ちょっとお待ちくださいねー』と言った少しした後、玄関が開かれた。 紫音の母よりかは、化粧の薄く、しかし、第一印象で好感の持てる、釣られて笑ってしまいそうになる、:溌剌(はつらつ)とした笑顔を見せてくれた。 偽りのない笑顔。ここの家の子は、いつもこのような笑顔を見ているのだろうか。とても羨ましい。 「お待ちしておりました。さぁ、入って」 「お邪魔します」 門を開けた朝田母に促され、母の後をついて行った。 「まぁ、綺麗なお家だこと」 「そんな。ここだけですよ、綺麗にしているのは」 玄関に入るや否や、母はわざとらしい高い声で言うのを、朝田母も同じように声を上げて、楽しそうに笑っていた。 と、当たり障りのない会話をどことなく聞いて、ぼんやりとしている時、奥の部屋から小さな何かが朝田母の足元辺りにやってきた。 それが何なのかとじっと目を凝らしていると、とっとっと軽い足音が聞こえ、そちらに目をやった。 自分より一回り小さい男の子が、呆けたような顔をして、こちらのことをじっと見つめていた。 どうしてだろう、可愛い。 紫音を一目見て、愛想を振り向こうとはせず、むしろ警戒しているようで、母が「後ろにいる子は?」と尋ねた時、自身の母の足にしがみつき、そっとこちらを見てくるのだ。 今まで会ってきた子達とは違う反応に、新鮮さを覚えたからかもしれない。 今のように、母の足をしがみつこうなら、蹴られると思われる。 しかし朝田母は、軽く怒る程度でそれ以上はしないし、そのしがみついている姿さえ愛おしい。

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