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4.
その子の名は、「あかと」と言うらしい。
どういう字を書くのだろうと考えに耽っていると、挨拶を促されたその子は、「やだ」と言って、完全に隠れてしまった。
どうやら人見知りのようだ。しがみついている小さな手をぎゅっと掴んでいた。
"あかと"は、どんな風に笑ってくれるのかと期待をしていたが、この様子だと、自分がいなくならない限り、可愛らしい顔ですら見せてくれないのだろう。
残念。
何故、母は唐突にあのようなことを言ったのか、この家にいつまでいさせられるのか、この先やっていけるのかと様々な不安の渦が巻き始めた時、"あかと"がそろりと顔を出した。
また可愛い顔を見せてくれるだなんて。
胸が弾むくらい嬉しくなり、自然と笑顔になっていると、どうしてか、"あかと"は頬を赤らめたのだ。
人見知りだというから、恥ずかしく思ったのだろうか。
こちらから、何か話しかけてみようか。
「こんにちは」
「こ、こんに、······は」
緊張しているようだ。それでも、挨拶をしようとするのが偉くて、可愛い。
そういえば、この子が来る前に何か小さい物が走っていたが、何か遊んでいたのだろうか。
「なにしてあそんでいたの?」
「み、ミニカーで······あそんでた」
ミニカー? 初めて聞く言葉だ。
ふと、先ほど"あかと"が追いかけていた物を思い出し、「これであそんでいたの?」と、拾って渡してあげた。
「あ、ありがと······」
紫音より小さな手でミニカーを持って、恐る恐ると言ったように礼を告げる。
警戒心が解けないのは当たり前だ。それでも、今度はお礼をきちんと言えたのは、偉い。偉すぎる。可愛い。
この子と仲良くなりたい。
だから、一緒に遊んでもいいかと尋ねてみた。
すると、少々迷うような素振りを見せた。
この子に取ってはまだ初対面の人だ。一緒に遊びたいとは思わないのだろう。
仕方ない。せめてそばで見るだけにしてしようかと思っている時。
小さく頷いたのだ。
見間違いかと思った。
驚きで目を瞬かせていると、母が「"あかと"君と遊ぶの」と訊いてきたことにより、現実だと思わされた。
それに対して頷くと、「これからは、朝田さんの家でしばらくお世話になるのだから、迷惑をかけないようにね」と言われた。
日々の折檻に怯えることはなくなる。けれども、母との繋がる理由がなくなってしまうようで、寂しさを覚えた。
だけれども、自身の気持ちを押し殺さなければ、それこそ母の機嫌が悪くなってしまう。だから。
「あそぼうか」
にこっと笑顔を向け、ぼんやりとこちらの様子を伺っていた"あかと"の手を取って母から離れたのであった。
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