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夕暮れの、習い事の時間が迫り、心なしか焦りを感じていると、チャイムが鳴った。 "あかと"の母が足早と玄関に向かう後ろ姿を、開け放たれたリビングの扉から見つめていると、"あかと"の母が玄関を開け、外へと赴いた。 「しおんくん! パトカー、やって!」 ぐいぐい、と服を引っ張る"あかと"に促され、ハッとし、そちらに目を向ける。 「あ、ごめんね」と言って、手に取ったままのパトカーを床に滑らせる。 「紫音君。お母さんが来たわよ」 「おかあさんが?!」 パッと、再び玄関を見やると、口元の端を持ち上げた顔をする母がいた。 来てくれた。習い事の送り迎いのために来たのだと思われるが、それでも、また母が会いに来てくれたことだけでも嬉しく思えた。 だから、"あかと"の声を振り切って、走り出していた。 「おかあさん!」 「紫音、いい子にしてた?」 「うん! あのね──」 「早くしないと、習い事に間に合わなくなるわ。一旦家に帰らないと」 母の瞼がピクッと痙攣した時、一気に緊張し出した。 この雰囲気は、母が心底機嫌が悪い時だ。 とすると、母に会った時の自分の行いが悪かったということ。 紫音の話よりも自身の用事をさっさと済ませたいから、その僅かな時間を取らせてしまったことか。 外面でも「紫音」と呼ばれて嬉しく思い、つい喋ろうとしてしまったから。 張り付けた口元だけ笑っている表情がとても恐ろしく感じて、体中が震え始めた。 「しおんくん!」 慌ただしく、小さな足音がし、一気に震えが収まった。 「しおんくん、もういっちゃうの?」 振り返ると、クリクリとした真ん丸な瞳を潤ませて見上げていた。 今日が初めてであるのに、こんな寂しそうな顔をしてくれるだなんて。 「紫音」と名を教えた時の"あかと"のはしゃぎようと同じくらい驚きも、そして、嬉しくも感じられた。 「あかと。紫音君はもうお家に帰るのよ」 「やだぁ! もっとあそんでもらうっ!」 やだやだと、泣き出す"あかと"にその母は「ワガママ言わないの」と窘めるが、一向に泣き止む様子はない。 それに呆気に取られながらも、「あかとくん」と呼ぶと、"あかと"は一瞬にして泣き止み、きょとんとした顔を向ける。 自分の言葉で言うことを聞いてくれたと内心嬉しくなりながらも、"あかと"の目線を合わせようとやや屈む。

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