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あの日の塾から帰った後のことを思い出すだけでも、今朝の口にした物を戻しそうになった。 こういうことをしても、またさらに怒らせてしまうのだから、必死に耐えないといけない。 それに、母の言うことを聞いていれば、"ご褒美"として、朝田家に、"あかと"に会えるのだから。 今日がその"ご褒美"として、朝田家に行く日だった。 しかも、泊りがけであった。 幼稚園の休みであるから、習い事は午前中に終わることもあり、昼間からいられる。 嬉しくて仕方ない。 だけれども、母は何故か朝田家の人を嫌っているから、嬉しそうな顔をしていると、癪に障ってしまうため、どうにか表に出さないよう努め、朝田家に赴いた。 母は今日も仕事で忙しいため、昼食は朝田家の人と共にすることとなった。 その際に父親と初めて会ったのだが、朗らかな母と違い、あまり表情を出さない人のようで、パッと見、怖く感じられたが、「この人こんな顔だけど、怖くないのよ」と"あかと"母が言った直後、その人がおもむろに両頬を引っ張ったり、戻したりを繰り返していた。 突然のことに、紫音の父親がやったことのない行動に、目をぱちくりしていると、"あかと"が笑っていた。 笑うところなんだと"あかと"のことを見ていると、"あかと"は、小さな両手をいっぱいに伸ばして、自身の父がやっていたことをし始め、そのことに対しても笑っていた。 「あはは······あっ」 紫音も今度は笑っていると、”あかと”がやってきて、頬を伸ばしてきた。"あかと"が無邪気に笑う。 「ははっ、しおんくん、へんなかお〜!」 「あら、本当ね」 「あかと。もっと伸ばしてみろ」 「い〜〜」と言いながら、容赦なく限界まで伸ばしてくる。 さすがに痛くて、「いひゃい」とどうにか訴えると、その言い方が面白かったらしく、両親も耐えきれないと言ったように肩を揺らす。 「もう、いい加減に······っ、お昼、食べないと···っ、あかと、やめなさい」 「やー」 嫌という意味なのだろうか。けれども、素直に離してくれた。 ひりひりとする両頬を触っていると、「紫音君、ごめんね」と母親が謝ってくる。 「あ、いえ。だいじょうぶです。ただ、こういうことをされたのがはじめてで、どうすればわからなくて······」 「そうなの。そうねー······」 「ねぇ! たべたい!」

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