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「⋯⋯前よりもマシになってきたわね」 疲れきった指を無理やりに動かして、ヴァイオリンを弾いていると、独り言にも似た声で母は言う。 珍しく、いや、初めてにも近い、この人にとっては褒め言葉に、紫音は一瞬、何を言われているのか分からなかった。 そんなものだから、素人だとしたら分からない程度の弾く手が止まった。 だが、天才だともて囃されている母親の耳を欺くことができるはずがなく、キッと睨まれた。 「なに今の。ふざけているの」 「⋯⋯いえ、そういうわけでは⋯⋯あ」 「そうじゃなければ、そんなことをするわけがない。それともいつぞやかのように、また親に向かって反抗的なわけ?」 「⋯⋯」 「何か言いなさい」 小さく開いた唇が震える。 親がそう促してきても、何か言おうとしても結局のところ、「口答えするな」「態度が気に入らない」と手を上げられてしまうのが分かり切っていた。 しかし、ここで黙っていても、結果は同じなわけで。 どうしたって、親の機嫌が悪ければ、何をしようが、何を言っても、罰を受ける。 だから、「そうです。だから、わるいぼくにおしおきしてください」と言うしか他はなかった。 数日経っても、ヒリヒリとする臀部を親の目を盗んではさする。 気が遠くなるほどの罰を受けて、どうにか親の機嫌が良くなった頃、朝田家に行ってもいい許可が下りた。 顔に滲むほど嬉しいはずのことが、臀部の痛みの方が勝ってしまい、これでは"あかと"のように上手く笑えず、怖がられてしまうかもしれない。 そして、そのまま嫌われて⋯⋯。 もしもの話、幼稚園の同級生や両親に嫌われても、心の支えでもある"あかと"に嫌われたくはなかった。 嫌われてしまったら、きっと何を支えに生きれば、何を楽しみにすれば、もっと言うと、笑うことさえ忘れてしまうほどの絶望を味わうことだろう。 そうはなりたくない。だから、少し"あかと"に嘘を吐くことになるが、偽らないといけない。

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